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絶対に外に出るな、ヨハネスブルグという恐怖。

この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」


ヨハネスブルグに着くまで、危険をわかったつもりでいた。

高層ビルが、ずらりと並んでいる。
ガラス張りの、巨大なビル。整備された道路。近代的な建物。
ガーナのアクラも、大都会だった。
だが、ヨハネスブルグは、その比ではない。
ここは、アフリカ最大級の都市。経済の中心地。先進国と、変わらない。

だが。
宿にチェックインすると、オーナーが、真剣な顔で言った。

「外には、出るな」
「え?」
「観光バス以外では、絶対に外を歩くな。タクシーも、ウーバーだけ。それ以外は、危ない」

オーナーは、続けた。

「武装強盗、カージャック、誘拐。この街では、日常茶飯事だ。特に、君みたいな外国人観光客は、狙われやすい」

背筋が、ぞくりとした。

「夜は、絶対に外に出るな。昼間でも、油断するな。スマホを見ながら歩くな。貴重品は、見せるな。目立つな」

びびった。
心から、びびった。

西アフリカでは、危険だと言われても、それでも歩いた。
言葉が通じなくても、ぼったくられても、賄賂を要求されても、それでも、自分の足で歩いた。
だが、ここでは、それができない。

翌日、観光バスに乗る。
アパルトヘイト博物館へ行くツアー。

バスは、窓がしっかりと閉まっている。
ガイドが、マイクで言う。

「窓を開けないでください。信号で止まったとき、窓から手を入れて、荷物を奪われることがあります」

乗客たちは、黙って、うなずく。

バスは、街を走る。
窓の外には、高層ビル、ショッピングモール、きれいな住宅街。
そして、突然、景色が変わる。

スラム。
トタン屋根の、ぼろぼろの家々。ゴミが散乱している。
その落差。

アパルトヘイト博物館に着く。
入り口で、チケットを買う。
二種類のチケットがある。「White」と「Non-White」。

ランダムに配られる。
わたしは、「Non-White」だった。
それぞれ、別の入り口から入る。

これが、アパルトヘイト。
人種で、分けられる。カップルで来た人たちはあえて別々にされる。さらに不安になることだろう

写真、映像、遺物。アパルトヘイト体制下の、南アフリカの歴史。
白人と、黒人。
分離された社会。

公園も、バスも、トイレも、すべて分けられていた。
「Whites Only(白人専用)」の看板が、あちこちにあった。
黒人は、IDを常に携帯しなければならなかった。
許可なく、白人地区に入ることは、禁じられていた。

抵抗した者は、逮捕された。投獄された。拷問された。

映像が、流れる。
警察が、黒人を殴っている。射殺している。

ゴレ島で見た、奴隷貿易。
ケープコースト城で見た、奴隷の家。
あれは、何百年も前の話だった。

だが、アパルトヘイトは、ちがう。
これは、一九九四年まで続いていた。

ネルソン・マンデラの写真。
二十七年間、投獄されていた。
そして、一九九四年、南アフリカ初の黒人大統領になった。

アパルトヘイトは、終わった。
だが、その傷跡は、まだ、この街に残っている。

博物館を出て、バスは、また、街を走る。
高層ビル、スラム、きれいな住宅街、ゴミだらけの通り。

この街は、外に出られない。
犯罪が、あまりにも多すぎて、観光客は、観光バスのルートしか、歩けない。

西アフリカでは、貧しかった。インフラも整っていなかった。
だが、少なくとも、歩けた。自分の足で、街を歩けた。

ここは、発展している。高層ビルがあり、道路が整備されている。
だが、わたしは、そこを歩けない。

どちらが、幸せなのだろう。

夜になると、遠くから、サイレンの音が聞こえてくる。
また、何かが起きているのだろう。
今、この街に残る、犯罪と暴力。

発展と、恐怖。
富と、貧困。
過去と、現在。

すべてが、ここにある。
わたしは、ただ、部屋の中で、じっとしている。
外に出られない。

―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。


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