船でゆっくりと。人生の夏休みが終わる。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
プサンから日本に帰る手段は、いくつかあった。飛行機で成田まで一気に飛ぶこともできた。でも、それは味気ない。長い旅の終わりは、船でゆっくりと帰りたい。
関釜フェリーは、夜の9時にプサン港を出る。そして、朝の7時45分に下関に着く。約11時間の航海。寝ている間に日本に着く。それがちょうどいい。
乗船手続きを済ませて、船に乗り込む。二等の大部屋。雑魚寝スタイル。豪華な船旅がしたいわけではない。ただ、ゆっくりと海を渡りたかった。
夜9時、船が動き出した。港が遠ざかっていく。プサン港大橋がライトアップされている。甲板に出て、しばらく海を見ていた。風が冷たかった。
セカイをまわって、なにをしたかったのか。なにを見つけたのか。
マレーシアのウミガメ、東ティモールの瓦礫の街、ゴレ島の奴隷基地、キルギスの針葉樹林、モンゴルの地平線。いろいろな景色を見た。いろいろな食べ物を食べた。いろいろな人に会った。でも、何か大きなものを見つけたかと言われると、よく分からない。
ただただ長い長い人生の夏休みを過ごしていた。それだけだった。
宿題はたまったままだ。人生の宿題。それは今も解けていない。でも、それでいい気がする。まだ時間はある。多分。
船内に戻って、横になった。船が揺れている。心地よい揺れだった。エンジンの音が低く響いている。
いつの間にか、眠っていた。
目が覚めると、外が明るくなっていた。窓から朝日が差し込んでいる。急いで甲板に出た。
朝日が昇っていた。海の向こうから、オレンジ色の太陽が顔を出している。空が赤く染まっている。遠くに陸地が見えた。日本。
下関に着いた。入国審査を済ませて、港を出る。日本の空気を吸う。懐かしい。少しだけ違和感もある。長く離れていたせいか、日本が少し遠い国に感じる。
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今、わたしは京都で暮らしている。
京都の街中にいる人の半分以上は外国人だ。街並みはザ・日本なのに、人波は異国。不思議な感覚。特に気に入っているのは、着物や浴衣姿で歩いている外国人を見ること。下駄をカラカラと鳴らして、笑顔で楽しそうに歩いている。
シェアハウス。前金の家賃を払えば1カ月単位で泊まることができる。またふらりとどこかへ旅するのにも適している自由な暮らし。ただ、円安なので、しばらく外国は難しい。
キッチンやシャワー、トイレは共同。暮らしているのは他にメキシコ、フランス、台湾、アメリカ出身の若い子たち。日本語学校に通っていたり、長期旅行で来ていたり、仕事だったり、さまざま。
英語やスペイン語が彼らの日常なので、わたしは蚊帳の外。勉強した日本語でわたしに必死に通訳してくれたり、みんな優しい。わたしが旅してきた国々の話をすると、彼らは目を輝かせて聞いてくれる。
わたしがセカイをまわっていた時、彼らもまた、日本を目指してやってきた。わたしは外に出て、彼らは中に入ってきた。その交差点が、今のこのシェアハウスなのかもしれない。
90カ国、100都市以上。数えてみたら、そんな数になっていた。多いのか、少ないのか、よく分からない。でも、それだけの場所を訪れたことは確かだ。
旅は終わった。でも、終わっていないような気もする。京都のシェアハウスで、わたしはまだ旅の余韻の中にいる。いつかまた、ふらりとどこかへ行くかもしれない。それとも、ここに留まるかもしれない。
まだ決めていない。でも、それでいい。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。
これまで長い間お読みいただきありがとうございます。この旅エッセイはこれにて完結。またどこかで。
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