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ここに長居は無理だ。モーリタニアの首都で。

この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」


ダフラから南へ向かうバスは、何時間も、何時間も走り続けた。
窓の外は、ずっと砂漠。
だが、ダフラで見た砂漠とは、色が違った。黄色ではなく、赤茶けている。太陽に焼かれた大地が、どこまでも、どこまでも続いている。ごとごとと揺れるバスの中で、体が重くなっていくのがわかった。座席に座っているだけなのに、疲れていく。

国境に着いたとき、少し驚いた。

人々が、建物の前に集まっている。
日本なら、列を作って、順番を待つ。そういうものだ。
だが、ここではちがう。

列らしきものはある。だが、それは意味をなしていない。
次々と、黒い肌の男たちが、ぐいぐいと割り込んでくる。わたしの前に、横から、するりと入り込んでくる。そして、窓口へと進んでいく。

待っていても、順番は来ない。
ああ、と思った。ここでは、待っていてはいけないのだ。

わたしも、ぐっと前に出た。
肩を押し返された。押し返した。また割り込まれた。また前に出た。
汗が、じっとりと背中を伝う。喉が、からからに渇く。

ようやく、窓口にたどり着いた。
パスポートを差し出して、スタンプを押してもらう。手が震えていた。

モーリタニアに入った。

ヌアクショットに着いたのは、夕方だった。
首都だという。だが、目の前に広がる景色は、首都とは思えなかった。

道は、舗装されていない。
砂が、積もっている。風が吹くたびに、ざらざらと砂が舞い上がって、目に入る。口に入る。

車が走っている。だが、その車は、どれもぼろぼろだった。
窓ガラスがない車。ドアが凹んだ車。エンジン音が、がらがらと異様に大きい車。
よく走れるな、と思うような車が、砂の道を、のろのろと進んでいる。

ロバもいた。
荷物を背負って、とぼとぼと歩いている。車と、ロバが、同じ道を使っている。

宿を見つけて、チェックインした。
部屋に入ると、暑さが、どっと押し寄せてきた。
エアコンはない。扇風機もない。窓を開けても、熱風が入ってくるだけだった。

シャワーを浴びようとしたが、水しか出なかった。
ひんやりとした水が、ちょろちょろと流れて、焼けた肌に沁みる。それでも、汗は止まらなかった。

夜になると、街は真っ暗になった。
街灯がない。月明かりだけが、ぼんやりと、ほそぼそと道を照らしている。

そして、蚊が出てきた。
ぶんぶんと、ぷーんと、耳元で音を立てる。部屋の中を、何匹も飛び回っている。

フロントに行って、スタッフに蚊が多いと言った。
スタッフは、うなずいて、部屋に来た。
そして、殺虫スプレーを、シュッと一吹きしただけで、出て行った。

それだけ。

部屋に戻ると、蚊は、まだ飛んでいた。
仕方なく、長袖、長ズボンに着替えた。暑い。汗がじっとりと服にまとわりつく。羽音が気になるので耳栓をして、ベッドに横になった。

この宿は、しばらく使われていなかったのだろう。
シーツには、うっすらと砂がついている。ざらりとした感触が、肌に伝わる。枕は、しめっぽい匂いがする。
天井には、シミがある。

旅行者は、あまり来ないのだろう。

ロンリープラネットには、モーリタニアの見どころとして、内陸のオアシスやアイアントレインのことが書いてあった。過酷な鉄道の旅、らしい。だが、今のわたしには、観光をする余裕はなかった。ここに長く滞在する気力も、体力も、残っていなかった。

ベッドの中で、目を閉じた。
蚊の音は、耳栓越しにも聞こえる。暑さで、なかなか眠れない。

ああ。
アフリカ旅は、修行だ。

翌日、昼間に街を歩いてみた。
じりじりと、ぎらぎらと太陽が照りつけて、砂の道から、熱が立ち上ってくる。五分も歩けば、汗が噴き出してくる。

小さな食堂を見つけて、入った。
メニューはなく、おばさんが指差して、これしかない、という顔をした。

出てきたのは、魚の煮込み料理だった。
スプーンですくって、口に運ぶ。

ぐつぐつと煮込まれた魚。じゃがいも、らしきもの。
味は、薄い。塩と、少しのスパイスだけ。最低限の味、という感じだった。
それでも、熱い料理が、疲れた体に、じわりと、しみじみと染み込んでいく。

食堂を出ると、砂埃が、ふわりと舞い上がる。

この街に、長居はできない。

宿に戻って、ロンリープラネットを開いた。
ぱらぱらとページをめくって、次の国を探す。

セネガル。
ガイドブックには、こう書いてあった。「比較的治安がよく、旅行者にも優しい国」

ああ、そこまで、行こう。

モーリタニアは、厳しい。
蚊も、暑さも、砂も、すべてが厳しい。

南へ。もっと南へ。
セネガルまで、あと少し。

夜、また蚊の音を聞きながら、長袖長ズボンに耳栓をして、眠った。
明日、また歩き始めよう。

―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。


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