美のものさしと、旅人の身軽さ。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
イランのシーラーズに足を踏み入れたのは、中東の暑さで体が乾ききった頃だった。街には、どこか落ち着いた空気がしんと漂い、通りを歩く人々の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
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宿を出て、わたしは夜が明けきらないうちに、ピンクモスクへと向かった。
扉をくぐると、そこはまだ、薄暗く、ひっそりとしていた。だが、太陽が昇り、その光がモスクのステンドグラスをスーッと照らしはじめると、世界は一変した。
床や柱に、赤や青、黄色の光が差し込み、万華鏡のようにきらびやかに輝きだす。その光は、ただ目を楽しませるだけでなく、肌にじんわりと暖かさを感じさせる、神秘的な光の芸術。その美しさに心を奪われ、私は釘付けになった。
この世に、こんなにも美しいモスクが存在するなんて。わたしは心のなかで、何度もそうつぶやいた。それは、まさに天国。世界で一番美しいモスクだと、わたしは断言する。
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街中のバザールもまた、美しかった。鼻腔をくすぐるスパイスの香りのなか、色とりどりの陶器や、繊細な模様の絨毯が、所狭しと並んでいる。その色彩の豊かさに、心がワクワクと躍る。
おみやげにしたいものがたくさんあったけれど、いつ帰るかわからない旅の途中で荷物を増やすわけにはいかない。バックパックの軽さが歩き回れる距離に比例するのだ。わたしは、美しいものを目に焼きつけ、心に留めることだけにした。
街の真ん中にあるキャリムハーン城砦は、その美しさとは全く違う、圧倒的な存在感を放っている。高さ12メートルもの城壁は、まるで進撃の巨人に出てくる壁のよう。見上げる首が痛くなるほどの圧倒的な威容に、わたしは呼吸を忘れて立ち尽くした。
シーラーズは、光の芸術から、人々の手仕事、そして巨大な城砦の威圧感まで、様々なかたちの「美」が満ちていた。ここで触れた景色が、わたしの“美しさ”のものさしを少し変えてしまった。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。
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