賄賂地獄の国境を抜け、セネガルの米で安眠する。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
モーリタニアの砂の首都を出て、たどり着いた国境。
そこは、まるで砂漠の盗賊映画だ。怪しい輩がわらわらと集まり、耳元で低い声で「アージェント(金)」「チップ」と囁く。別室に連れ込まれ抵抗も虚しく、結局、泣く泣く財布から金を出し、ぐったりとして国境を後にした。
セネガルへの入国は驚くほどあっさり。ビザ不要。パスポートを差し出すと、スッとスタンプが押され、解放された。
そして、国境から南へ向かい、たどり着いたのが、セネガル北部のサンルイ島だ。
乗り合いタクシーを降りて、その街並みを見たとき、思わず息を飲んだ。そこは、これまでの旅路にはなかった、ヨーロッパの香りが漂う場所だった。古びたバター色やコバルトブルーのコロニアル調の建物が並び、フランスの面影が色濃く残っている。
そして、食事だ。
食堂で出てきたのは、炊きたてのご飯と、魚介の煮込み料理。モーリタニアで口にした「最低限の味」とは違う、じんわりと塩気が効いた煮込みの味。一口食べると、ホッと体の奥底から力が抜ける。セネガルは主食が米なのだ。米と魚。そのシンプルな組み合わせが、まるで故郷の食事のように、疲弊した体にしみじみと染みわたる。
街を歩くと、不安で強張っていた心がゆっくりと解けていくのがわかった。
物乞いの声は聞こえない。子どもたちはただ「キャッキャッ」と笑い、路上で楽しそうに遊んでいる。時折、道の端で草を食むヤギの「メェー」という鳴き声や、馬の蹄が「パカッ、パカッ」と石畳を叩く音が響く。人々は、せかせかと急ぐことなく、穏やかな表情で暮らしている。
マーケットを覗くと、原色が眩しいアフリカ布が山積みになっている。サラサラと手に触れる生地。この鮮やかで自由な色彩は、生活の安定と心の豊かさを示す、何よりの証拠のように思えた。
ずっと気を張り、全身で砂埃の匂いを嗅ぎ分けていた日々から、わたしは解放された。その夜、宿の硬いベッドの上で、わたしは久しぶりに安眠できた。外から聞こえる喧騒も、不安ではなく、ただの生活の音として心地よく響いていた。
ここは、安らぎの土地。いまおもうとアフリカで一番安全で安心できた街だったかもしれない。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。
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