トカゲが、見ていた。ヨルダン、ペトラ遺跡。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
ペトラに着くまで、わたしは遺跡を知っているつもりでいた。
けれど、それは甘かった。
広い。果てしなく、広い。
歩く。ひたすら、歩く。
暑い。重い。息が熱い。
けれど——その道は、美しかった。
そそり立つ岩壁のあいだを抜けていく。
狭い峡谷。シーク、と呼ばれる。
両側の岩が、まるで閉じかけた本のように迫ってくる。
その隙間を歩き抜けた瞬間、
世界がふいに、開けた。
エル・カズネ。
ピンクの岩を削ってつくられた神殿。
光を受けて、淡く赤く、息をしているようだった。
あまりに圧倒的で、まるで映画の中に紛れ込んだ気分だ。
さらに歩く。
エド・ディル——修道院だという。
これもまた、岩を削り出してつくられていた。
ただ巨大、というほかない。
バギーが砂を蹴って走り抜け、
ラクダがのんびりと通り過ぎる。
乗っている人たちは、いかにも楽しげで。
高いからやめた。……でも、ちょっとうらやましい。
疲れて岩陰に腰を下ろす。
水をひと口。ぬるい。
でも、命の味がした。
ふと、視界の端で何かが動く。
トカゲだ。
小さな体で、岩の上にじっと止まっている。
こちらを見る。
わたしも見る。
トカゲも見る。
どちらも、動かない。
しばらく、静止した時間。
そして、トカゲはふいに走り出し、
岩の隙間へと、溶けるように消えた。
わたしはまた、立ち上がる。
まだ歩かなければならない。
やれやれ。
——またひとつ、見知らぬ異国で、独りごつ。
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