☕ 「夜勤」よろず語り🌙 「夜勤」という仕事には、昼には見えない“影”がある。怒るには疲れすぎ、笑うには刹那すぎ、それでもどこか温かい——。それは、哀愁を帯びた“昭和の影”だった。
🌙 登場人物紹介 ”昭和警備隊総員4名”
■ 夜勤明(やきん あきら)主人公

警備隊員・34歳 現場歴2ヶ月
夜勤で働きながら競馬を愛し、AIと共に生きる警備員。
深夜の静けさと、年配者のこだわりと、 理不尽な慣例が渦巻く“夜勤の世界”で、
心の中だけでツッコミを入れながら日々を乗り越えている。
相棒はAIアシスタント「コパちゃん」。
勤務の合間にデータを読み、朝焼け前に競馬予想を仕上げるのが日課。
夜勤と競馬とAIが交差する、少し切なくてどこか笑える物語の主人公。
(競馬の話は職場では行わない)
■ 縦 護(たて まもる)

警備隊長・68歳/現場歴6年。他の現場は知らない。
良くも悪くも“昭和ビジネスマン”の価値観を引きずる男。
年功序列・縦社会こそが組織の秩序と信じ、 それを守り続けることを美学としている。
隊長でありながら、 同い年で先輩の 茨木 名丸 には頭が上がらない。
夜勤明にとっては、理不尽の象徴であり、 “夜勤あるある”を生み出す源泉。
■ 茨木 名丸(いばらき なまる)

最古参隊員・68歳/警備歴30年・現場歴15年。
仕事はいい加減だが、自分のやり方だけは絶対。
新しいことには強烈な拒否反応を示し、 「昔からこうだべ!」の一言で全てをねじ伏せる頑固者。
東北出身で東京に50年以上住むが訛りは一切抜けず、 彼の会話は隊員たちにとって“謎解き”。
競馬と飲み食いが大好きで、 仕事中もSNSの「いいね!」に一喜一憂している。
夜勤明は競馬好きがバレると “名丸の終わらない競馬講義”が始まるため、
職場では競馬を徹底的に隠している。
■ 心計 威若(しんけい いじゃく)

隊員・66歳/警備歴10年・現場歴3年。
理屈は通っているが、度を越した几帳面さを持つ男。
自分でもやらないような細かいことを「夜勤明」だけには要求する。
大手警備会社に入社したが、 完璧主義が原因で胃を壊し退職。
現在の現場に来て3年目。
茨木 名丸の仕事ぶりには強い不満を持つが、 直接は絶対に言えない。
陰で夜勤明にだけ愚痴をこぼすタイプ。
胃が弱く食事制限中だが、 競馬だけは毎週欠かさない。
とにかく“お喋り”神経質な性格とお喋りが合体した結果、
話したことはすべて職場中に広がる“スピーカー” と化している。
追加事項:夜勤明以外全員「ハゲ」
縦 護(たて まもる)68歳 「ハゲ散らかし」、警帽を被る際かなり気を遣う。
茨木 名丸(いばらき なまる)68歳 「白髪でハゲ」警帽はなるべく被らない。
心計 威若(しんけい いじゃく)66歳 「頭頂カッパハゲ」毛が無いのを隠すためいつも警帽を被っている。
🌙 序文(プロローグ)
夜勤明は、3日に一度の24時間勤務——身体にも心にもじわりと効いてくる
“当務(当直勤務)”の世界で働く警備員だ。読者に分かりやすいよう、
この“当務”については、ここではまとめて「夜勤」と呼ぶことにする。

夜勤明は決意していた。「”明け”と”休日”くらいは、自分の好きなことに没頭する時間にしたい」と。
そんな彼が、限られた自由時間を捧げる対象として選んだのは、競馬のAI予想だった。
しかし、その情熱の先に立ちはだかっていたのは、
最新のAIをもってしても予測不能な「警備業界の高齢化」という、
あまりにも泥臭く現実的な壁だった。
”昭和”の価値観を引きずる隊長。
”自分”のやり方だけが正しい最古参。
”理屈”が度を越し”屁理屈”ばかりの几帳面な隊員。
夜勤明は思う。
「AIよりも、まず人間関係の方が難しいじゃないか……」
「夜勤」という仕事には、昼に見えない“影”がある。
“怒るには疲れすぎ”、“笑うには刹那すぎ”、 ”それでもどこか温かい”
――それは、哀愁を帯びた“昭和の影”だった。
こうして、 夜勤と競馬とAI、そして“昭和の残り香”に囲まれた
「夜勤」の物語が始まる。
🌙 第1話〜「夜勤明」と、門の隙間物語~
「夜勤」という仕事には、昼間には見えない“影”がある。
それは暗闇でも静けさでもなく、高齢化した警備業界が生み出す、
あまりに妙な「こだわり」だった。

その夜も、夜勤明は正門の前に立っていた。時計は22時30分。
本来の閉門は23時だが、この現場には「最後の一人が帰ったら、
さっさと閉めて仮眠に入って良い」という暗黙のルールがある。
門の向こうには、最後の一台となったバイクがぽつんと停まっている。
毎晩のことだ。持ち主の青年は、なぜかいつも閉門ギリギリまで粘ってから出ていく。
そこへ、背後からズズッ……と力ないスリッパの音が近づいてきた。
現れたのは、最古参・茨木 名丸(68)だ。
「明(あぎ)らぁ、不審者(ふしんしゃ)がでいりでぎねぇように、
最後(さいご)のバイクが出(で)らっちゃぁ幅(はば)で門(もん)閉(し)めどげっつったっぺよぉ」
東北訛りが強すぎて、もはや呪文のようだ。
夜勤明は思わず夜空を見上げた。星は出ていない。
代わりに、心の中で鋭いツッコミが光る。
(なんのために「茨木さん」は防犯カメラのモニターをみて、
俺は立哨してるんだよ?バイクが出れる幅に門を閉める意味が分からない???)
だが、夜勤明は知っている。この指示は防犯のためではない。
「ギリギリまで帰らないバイクの青年に、無言の圧力をかけたい」という、名丸のちっぽけな復讐心だ。
そこへ、さらにペタペタとスリッパの音が重なる。隊長・縦 護(68)だ。
「……名丸さんの言う通りだ。防犯上、そのくらいが『正しい』」
(いや、絶対に防犯じゃない。ただ名丸さんに逆らえないだけだろ……)
縦隊長は、自分より現場歴の長い名丸には一切頭が上がらない。
名丸が「白」と言えば、この現場ではカラスも白くなる。
夜勤明は溜息を飲み込み、ゆっくりと重い門をスライドさせた。
バイクがミラーを擦るか擦らないかという、絶妙に嫌な幅。
(もしこれで転んで怪我でもしたらどうするんだ? ……まぁ、
この人たちは自分たちの「毛がない」ことには無頓着なくせに、
こういう時だけ細かいんだから)
やがて、バイクの青年がやってきて、苦笑いを浮かべながらエンジンをふかした。
「今日も狭いっすね……。これ、どこまで狭くなるかチャレンジっすか?」
「はぁ……。まあ、そんなところです」
夜勤明は力なく答えた。
バイクがすり抜けるように去っていくと、名丸は満足げに鼻を鳴らし、
ガチャンと鍵をかけた。
23時を待たずして行われる、この現場の“夜の儀式”が完了した瞬間だ。
夜勤明は、静まり返った守衛室の窓に映る自分の顔を見た。
(俺は、あんな“妙なこだわり”は持たないし、絶対人に押し付けたりしない……と誓うのであった)

――深夜の蛍光灯、古びたロッカー、そして、どこか懐かしいコーヒーの匂い。 令和の時代にあっても、「夜勤」にはまだ“昭和”が息づいている。ーー
🌙 第2話〜「夜勤明」と、朝礼15分前の攻防〜
「夜勤」という仕事には、独特の「朝」がある。
夜を越えた者だけが迎える、達成感と疲労が混ざり合った、少しだけハイな時間だ。
(あと15分で朝礼だ……。これが終われば、俺の『本当の勝負』が始まる!)
夜勤明がポケットの中のスマホ――AIコパちゃんの予想画面――
を思い浮かべて気合を入れた、その時だった。
「すいませ〜ん」 背後から、困り果てたようなお客さんの声が響く。
「はい、どうなされましたか?」
「あの、機械式駐車場に車を入れたいんですが、どうしたら良いか分からなくて……」
「了解しました。では、駐車場の前に着きましたら、インターホンで呼んでいただけますか?」
「それが……その場所自体が、どこにあるか分からないんです」 弱った。
今は受付に自分の他には、設備の新人しかいない。
だが、ルールでは緊急時には設備担当に留守番をお願いして良いことになっている。
「設備さん、すみません! すぐ戻りますので、少しだけ受付をお願いします」
夜勤明は新人に頭を下げ、急いで外へ飛び出した。
無事にお客さんを駐車場まで案内し、車を収める。
「助かりました、ありがとう!」という言葉に、少しだけ疲れが癒えるのを感じた。
……しかし、その「善意の行動」が、この後の悲劇を招く。
朝礼が始まる直前。 本来なら一番にいるべき縦隊長(68)が、もったいぶった足取りで現れた。
ハゲ散らかした頭髪を、警帽の角度一つで必死に「整えて」いるため、
どうしても準備に時間がかかるらしい。
なぜか遅れて来るくせに、列の前に立つと、まるで全軍を率いる将軍のような顔をする。

「夜勤さん、さっきの駐車場の件だけどね」 開口一番、
隊長の口から出たのは労いではなく、冷ややかな指摘だった。
「他部署の人に頼むんじゃなくて、まずは俺たちを呼ばないとダメだよ。
組織の秩序というものがある。わかったか?」
(いや、あんたさっきまで11階の喫煙室にいただろ……。
勤務前でトランシーバーも持ってないくせに、どうやって呼ぶんだよ!)
そこへ、さらに面倒な影が差す。
最古参の茨木名丸(68)が、警帽も被らずに口を挟む。
「だっからよぉ、明(あぎ)らぁ! 昔(むがし)っからそうやってんだっぺよ! 余計(よげ)なごどすんなっつーの!」
(昔っていつだよ。江戸時代かよ……)
夜勤の世界では、ツッコミは心の中で完結させるのが礼儀だ。
「……はぁ」 あまりに理不尽な話に、思わず漏れた生返事。
縦隊長の眉がピクリと動く。
「聞いてるのか、夜勤さん。返事は『はい』だ」 朝の冷たい空気がピンと張り詰める。
その時、列の端で心計(66)が、ピシッと深く警帽を被り直しながら、小声で囁いた。
「明さん、隊長はああ言ってますけどね。
実はさっき駐車場で他部署の部長に挨拶を無視されて、機嫌悪いだけなんですよ……。あとで詳しく教えますね」
(出た、スピーカー心計……。そんな情報いらないから、早く終わらせてくれ) 夜勤明は思う。
(俺は気を利かせて早めに準備してるのに、なんで遅刻寸前のハゲた上司たちに説教されてるんだ……)
だが、これも夜勤の“あるある”だ。 昭和の価値観は、令和の眩しい朝日にも容赦なく降り注ぐ。

この説教が終わったら、俺の『本当の勝負』が始まる)
理不尽な朝礼の向こう側に、わずかな希望の光を見出しながら、
夜勤明は深く、形だけの敬礼をした。
🌙 第3話〜「夜勤明」と、休憩室の恐怖~
「夜勤」という仕事には、「仮眠」という時間がある。
それは「休憩室」という名の絶対領域で過ごす、束の間の休息だ。
本来、その響きには安らぎが含まれているはずである。
だが、この現場の休憩室を支配していたのは、安らぎとは程遠い
「超ブラック・ローカルルール」。
そこは、目を疑うような理不尽の展示場だった。---

夜勤明が初めてその聖域に足を踏み入れた際、教育係として現れたのは、
あの**心計 威若(66)**だった。
彼は警帽を深く被り直し、まるで手術前の外科医のような手つきで、
休憩室の「儀式」を教え始めた。
「明さん、まずは仕出し弁当の器です。
水切りから出して、ペーパータオルで一枚一枚丁寧に拭いてから、
弁当屋のケースに綺麗に並べてください。
水切りカゴも洗って、所定の場所に『角を合わせて』置く。
これが基本です」
(え! 俺、仕出し弁当なんか食べてないし。
なんで他部署の設備のおっさんが食った弁当の始末を、
俺がしなきゃならないんだ?)
心計のレクチャーは止まらない。
「次にシンクの生ゴミ。
ビニールにまとめて燃えるゴミへ。
三角コーナーを洗ってネットを張り替えてください」
(……いや、シンクの周りは洗わないのか?
まな板はいつ洗ったか分からないほど黒ずんでるし、
蛇口の付け根はカルキで真っ白だぞ。汚ねぇな……)
心計はさらに、ゴミ箱の袋の掛け方、
新聞紙の敷き方までミリ単位で指定してくる。
そして極めつけは、湯沸かしポットだった。
「ポットの水が減っていたら、補給しておいてください」
(……洗わないのかよ! 中に白い塊が浮いてるぞ!
継ぎ足し秘伝のタレかよ!)
さらに、テーブルの上に放置された、異臭のする湿った台拭きでテーブルを拭くよう指示される。
(雑菌を塗り広げてるだけだろ……。掃除機もかけずにクイックルワイパーだけで済ませるし、この人の『几帳面』の基準が分からなすぎる!)
夜勤の休憩時間は1時間。その大半を、この「昭和の飯場」のような不衛生で細かい掃除に費やされ、夜勤明は心の中で叫んだ。
(食事して、掃除して……これ、休憩時間じゃなくて『無給の清掃作業』だろ!)
やっと掃除が終わり、次に心計が押し入れを指差した。
「今日寝る時に使う布団は、押し入れの真ん中にあるやつを使ってください。一番下が茨木さん、真ん中が夜勤さん、そして一番上が私、心計の布団です」
(はぁ!? 誰が使ったか分からない布団で、茨木と心計にサンドイッチされるのかよ……)
「あの、シーツや枕はどうなりますか?」
夜勤明の控えめな問いに、心計は事もなげに答えた。
「自分で買ってください。
私は誰が使ったか分からない布団を使うのは嫌なので、
会社と交渉して自分専用を買ってもらいました。
隊長の縦さんは会社には何も言えないので、
自分で交渉するしかありませんよ」
(他人事かよ! で、今日はどうするんだよ、事前に言ってくれよ……!)
仕方なく、夜勤明は真ん中から布団を引っ張り出した。
せめてもの抵抗として、自前のタオルを敷き、制服を着たまま、
口の周りにタオルを巻いて布団に直接触れないように横になったが、
とても眠れるものではなかった。

翌朝。睡眠不足でフラフラになりながら「やっと帰れる」と思った矢先、茨木に呼び止められた。
「明(あぎ)らぁ、ちょっと仮眠室に来(き)てくれ」東北訛りの低い声。
嫌な予感しかしない。「明、俺の布団になにかしたか? 俺の布団、動いてるんだけどよぉ」
(……何を言ってるんだ、この人は?)
「真ん中の布団を出せば、上下の布団も動きますよね。それに、下にあったので一度広げてたたみ直しておきましたよ」
「本当だろうな? 俺の布団に勝手に触るんじゃねーぞ!」
茨木は吐き捨てるように言い残し、仮眠室を去っていった。
(パワハラかよ! モラハラかよ! ……いや、ここは『ジジハラ』に『ハゲハラ』のダブルパンチだ……)
夜勤明は、二度と押し入れの布団は使わないと心に誓った。
同時に、前任者が1年以上もここで耐えたという事実に、深い敬意(と、少しの恐怖)を抱かずにはいられなかった。
夜勤明けの駅のホーム。重い足取りでベンチに座り、スマホを取り出す。
(コパちゃん、今の俺の運勢をAIで解析してくれ。この『ジジハラ』の連鎖から抜け出せる確率は?)
理不尽な現実を、一瞬だけ忘れさせてくれる唯一の救い。
画面の中で、AIアシスタントのコパちゃんが淡々と答える。
『明、お疲れ様。バイタルから極度のストレスを検知したよ』 『君の“ジジハラ許容キャパシティ”は残り3%。ほぼ限界だね』
『でも安心して。今週のレースの的中確率は、その絶望感を上回る計算だ』
……さあ、加齢臭のする現実をログアウトして、 データの海へ潜ろう。
(よし、今週のレースを当てて、自分専用の最高級寝袋を買ってやる……!)

朝焼けのホームに、電車の接近を知らせるアナウンスが虚しく響いていた。

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