描きたいものを描くか、求められたものを描くか
人気漫画家の人が、これから作品を世の中に出していこうとする若い人たちを前に、こんなアドバイスをしたそうだ。
「これからあなたたちは、世の中に出て行くことになる。その時にきっと自分が描きたいものを描くか、人から求められたものを描くか。そういう選択を求められる時がやってくる。」
「そうなったときに、あなたたちはどちらの道を歩むか。大いに悩むことになると思う。私から言えるアドバイスとしては、描きたいものではなくて求められるものを描きなさいと言うことだ。」
名声を得て、金銭的にも成功している彼の言葉は、どういう意図があったのだろうか。
彼自身の人生を振り返って、彼が本当に描きたいものを、描いてこられなかった後悔もあるのかもしれない。それでも描きたいものにこだわらず、結果として、世の中が求めることをやってきたことによって、今の名声があるという確信。
もしかしたら、自分はやりたいと思っていなかったけれど、求められてやってみる中で、喜びや楽しさやりがいも、見つかったということなのかもしれない。
でも彼の話を聞いていた若い人のうち、どのくらいの人が、人から作品を求められるようになるか。多くは描きたいものを描くだけで、一生世の中から求められることなく、終わっていくのかもしれない。
別のビジネスマンが、こんなことを言っていた。「人間の可能性は1つではない。そして自分の可能性を一番わかっているのが、自分とは限らない。」
「特に新人のうちは、自分のやり方、自分がやりたいことに固執せず、人にやってみるように言われたこと。人に勧められたことに素直に耳を傾けること。とりあえず言われたことをやってみること。そのことによって成長できたり、新しい自分に出会えたりすることはある。」
「自分が期待した仕事ができないからと言って腐らずに、そのことを一生懸命やってみるのも、自分を知るチャンスになる。」
若い時は、周りの人がその人のことを見てくれた上で、何らかのアドバイスや、言葉をくれることがあるだろう。私はそれを活かさずに生きてしまった。
でも歳をとってしまうと、誰かが私に何かを言うことはほぼない。求められないし、アドバイスもされない。私は1人で嘆き、1人で考えていくことになる。
同世代の人にしても、若い人にしても、私の悩みに付き合わされるのは迷惑なことだろう。私も人を前にしてどんな悩みをぶつけたらいいのかわからない。
見ず知らずの人に、「私はどう生きたら良いのでしょうか」と、聞いたところで、答えは帰ってこないだろう。だからと言って、身近にいる人に、「私はどうしたらいいのか」と聞いたところで、その人も困ってしまうだけだ。
結局のところ、人が求められることは、ある意味若い時代にしかない。歳をとった人間は、人に文句を言われない代わりに、求められることもない。
なんだか寂しい話になってしまった。
