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【実話】鏡を見るのがつらかった私が、もう一度笑えるようになるまで

1. 七五三の時、美容師さんに言われた“未来”

私がまだ七五三の着物を着せてもらっていた頃の話です。

髪を結ってくれていた美容師さんが、ふと母にこんなことを言いました。

「この子の髪の毛には節があるから、将来くせ毛になるかもしれませんね。」

もちろん、その頃の私は意味もわかっていませんでした。

母も「そうなんですか」と笑って聞いていたと思います。

でも、その言葉は見事に当たりました。

小学校4年生くらいから、少しずつ髪質が変わっていったのです。

それまで、すとんと素直に落ちていた前髪が、変な方向にうねるようになりました。

朝、鏡の前で整えても、学校へ着く頃には違う方向に跳ねている。

湿気の多い日は最悪でした。

髪全体が広がって、まるで別人みたいになる。

周りの友達の髪は、サラサラでまっすぐ。

風が吹いてもきれいに揺れる。

でも私だけ違う。

まだ子どもだった私は、

「なんで私だけ?」

そんなことばかり考えていました。

父もくせ毛でした。

父方の祖母も、くせ毛でした。

だから遺伝なのだと、今ならわかります。

でも当時の私は、そんなこと受け入れられませんでした。

妹は母に似て、きれいなストレートヘア。

妹を見るたびに、

「なんで私はお父さんに似たの。」

そんなふうに、父に八つ当たりしたこともありました。

今思うと、父は困った顔をしながらも、何も言い返しませんでした。

きっと、娘が苦しんでいることに気づいていたのだと思います。

でも、その頃の私は、自分のことで精一杯でした。


2. 中学入学。くせ毛の私に訪れた絶望

小学校6年生になる頃には、くせ毛をごまかすために、いつも髪を結んでいました。

でも中学校へ入学する時、私にとって大問題が起きました。

当時の中学校は、今では考えられないほど校則が厳しかったのです。

男子は坊主。

女子は、肩に髪がかかる長さは禁止。

しかも、結ぶのもダメ。

今なら「どういうルール?」と思いますよね。

でも当時は、それが普通でした。

髪を結んでごまかしていた私には、逃げ場がなくなりました。

仕方なく、ショートヘアにしました。

でも、それが大失敗でした。

広がるくせ毛は、ショートにすると余計に目立つ。

鏡の中の私は、まるでアフロみたいでした。

毎朝、髪を濡らして押さえる。

ドライヤーで整える。

タオルで巻いたまま寝る。

広がらないように押さえて、そのまま学校へ行く直前までヘルメットをかぶっていたこともあります。

今思えば、笑ってしまう話です。

でも、あの頃の私は本気でした。

学校で笑われたくなかった。

これ以上、人と違うと思われたくなかった。

鏡を見るたび、

「私って、なんでこんななんだろう。」

そう思っていました。


3. 自分を変えたくて飛び込んだソフトテニス部

でも、そんな自分のままでは嫌でした。

運動は苦手でした。

走るのも遅い。

球技も得意じゃない。

それでも私は、

「何かを変えたい。」

その一心で、ソフトテニス部に入りました。

知り合いのお兄ちゃんが3年生にいたこと。

友達のお姉ちゃんもソフトテニス部だったこと。

そんな小さなきっかけもありました。

でも一番大きかったのは、

「このままの自分じゃ嫌だ。」

その気持ちだったと思います。

入ってみると、そこには小学校にはなかった世界がありました。

先輩には必ず自分から挨拶する。

先輩に荷物は持たせない。

先輩より先に部室に入ってはいけない。

そして、先輩は必ず“さん付け”。

はじめてできた「先輩」という存在に、私は毎日緊張していました。

でも、一緒に入部した同級生の中に、いじめをするような子はいませんでした。

それだけで、どれだけ救われたかわかりません。


4. 私が守りたかった友達

同じ学年には、少し知的障害のある女の子がいました。

家も近く、小学校の頃から自然と一緒にいることが多かった子です。

とても優しい子でした。

ある日、私が風邪で学校を休んだ時のこと。

玄関を開けると、その子がぬいぐるみを抱えたまま立っていたそうです。

母が「どうしたの?」と聞くと、

「お休みしていたから…だいじょうぶですか。」

そう、小さな声で言ったそうです。

その話を聞いた時、私は胸が熱くなりました。

彼女も一緒にソフトテニス部に入り、一生懸命頑張っていました。

でも、途中で周りが冷たい態度を取りそうになったこともありました。

その時、私は小学生の頃の自分を思い出していました。

誰にも味方がいない苦しさ。

それを知っていたから。

だから今度は、私が守りたいと思いました。

気づけば、周りの仲間たちも一緒に守ってくれていました。

最後には、みんな仲良くなれました。

あの3年間は、今でも私の宝物です。


5. 初めての恋と、宝箱の中の第2ボタン

その頃、私は隣のサッカー部の先輩に恋をしていました。

成績優秀で、サッカー部のエース。

人気者で、ライバルもたくさんいました。

話したことなんて、一度もありません。

でも私は毎朝、通学時間を合わせて、先輩の後ろを歩いていました。

今思うと、完全にストーカーですね。

同じ道を歩いている…それだけでしあわせでした。

ある日、先輩がサッカーボールを欲しがっていると聞き、

なんと私は誕生日に、自宅までプレゼントを届けに行ってしまったのです。

先輩は驚きながらも、

「ありがとう。」

そう言って受け取ってくれました。

進展は何もありませんでした。

でも卒業の日、奇跡が起きました。

私は、第2ボタンをもらえたのです。

今でも宝箱に入っています。

でも、本当に私の人生を変えたのは…

中学3年生の時に再会した、年賀状だけやり取りしていた初恋の彼でした。



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