失われた土のにおい ―― 人としての食 4Days/Day 2
人としての食 4Days
MC: サエコ
──血のにおいも、土の汚れも、私たちがこの星の生態系の一部として泥臭く生きているという、愛すべき野生味の証明なのだ。
スーパーマーケットの野菜売り場を歩いていると、ふと時代の変化を感じます。
私の買い物カゴに入っているのは、根元のスポンジまで真っ白な、完全屋内栽培のレタス。
虫食いの穴もなければ、泥を被った外葉を剥がす必要もありません。
透明なフィルムには「洗わずにそのまま食べられます」と誇らしげに印字されています。
家に帰り、その透き通るようなレタスの隣に、近所の直売所で買ってきた不揃いなニンジンを並べてみました。
ニンジンはゴツゴツと曲がっていて、冷たい水に指を悴ませながらタワシでゴシゴシと泥を落とさなければなりません。
洗ったあとのシンクには、黒い土がザラリと残ります。
かつての台所では、もっと多くの手間暇がかかっていました。
魚を捌けば鮮血がまな板に広がり、内臓の生臭いにおいに顔をしかめる。
規格外で弾かれた不格好な野菜をご近所にお裾分けし合い、傷んだ部分を切り落として鍋でコトコト煮込む。
私たちがそんな台所の空気に、どこか懐かしさやエモさを感じてしまうのは、その景色が今、急速に姿を消そうとしているからではないでしょうか。
【解説:日本の農業の限界を示すファクトデータ】
・食料自給率の危機:
日本のカロリーベース食料自給率はわずか38%。
これは主要先進国(G7)の中で最低水準であり、輸入が途絶えれば国民の過半数が飢える計算となる。
・農業従事者の高齢化:
農業を支える「基幹的農業従事者」の平均年齢は約68歳に達し、65歳以上が全体の約7割を占める。
現在、国内の一次産業は深刻な担い手不足により物理的な限界を迎えている。
この絶望的な数字が突きつけるのは、「昔ながらの自然な農業を守ろう」といったノスタルジーに浸っている余裕など、私たちにはもう1ミリも残されていないという過酷な現実です。
大地の気まぐれに頼る従来の農業は、すでに担い手を失い、崩壊の一歩手前にあります。
だからこそ、新しいテクノロジーの存在が必要不可欠なのです。
【解説:気候制御ファームと分子代替食品】
気候制御ファーム(Controlled Environment Agriculture)は、温度、湿度、光の波長などをデジタル管理する屋内農業。
天候や害虫のリスクをゼロにし、計画的な生産を可能にする。また分子代替食品は、植物由来の成分を分子レベルで分析し、肉や魚の食感・風味を再構築する技術である。
天候に左右されず、無菌の工場で安定して大量生産される食材。
これを「人工的で気味が悪い」と批判するのは簡単ですが、安く、多くの人がお腹いっぱいになれるこのシステムは、人類が生き延びるための確実な手段の一つです。
しかし、完璧に整ったレタスをかじったとき、私は言葉にできない静かな違和感を抱いてしまうのです。
今の私の目の前にあるのは、すでに工場でカットされた肉であり、泥を落としてパッケージされた野菜です。
安全管理が徹底されたそれらの裏側には、実は売り物にならない多くの無駄が存在しています。
一方で、新しいテクノロジーが生み出す食材は、最初からエラーがなく、従来の食材よりもはるかに効率的で、安全で、無駄がありません。
しかし同時に、そこには「死」の重みもなければ、「生」の躍動も感じられないのです。
私たちは他の命を奪い、その生々しい現実と地続きの場所でしか生きられない生き物です。
血のにおいを嗅ぎ、土に触れることは、私たちが地球の循環に組み込まれている証であり、絶対に手放してはならない大切な「野生味」そのものなのです。
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