心の在りか ――落日の刻 4Days / Day4
落日の刻 4Days
MC: ユウ
── 生き延びたいのではなく、ただ、
忘れられたくないだけなのかもしれない。
西暦2250年。
本当の空の色を、私は知らない。
ここは深度3,000メートルの海底研究都市。
巨大なサーバー群を冷やすための、絶え間なく続く液冷システムの低周波だけが、この閉ざされた空間に残された、最後の心音みたいに響き続けている。
「いよいよですね、教授」
私が声をかけると、白茶けた白衣を着たその人は、無機質なコンソールの前からゆっくりと振り返った。
かつて人類最後の天才と持て囃された彼も、今ではひどく疲弊した老人の顔をしている。
彼がその生涯を賭けて組み上げた『方舟計画』が、あと数分で実行されようとしていた。
それは、選ばれた人間を別の星に逃がすような、ヒロイックな計画ではない。
生活の保障という名目で火星へ送られ、
赤い砂にまみれて死んでいく棄民たち。
絶対安全圏である地底のジオ・フロントで、
尽きることのない娯楽に溺れながら静かに腐敗していく富裕層。
そして地上に取り残された、かつての権力の亡霊たち。
不自由な選択の果てに、全方位に散り散りになったこの滑稽な人類の、全DNA情報、言語、芸術、歴史。 私たちが紡いできたすべての記録を、永遠に劣化しない特殊なクリスタルにエンコードし、無人探査機に乗せて深宇宙へと射出する。
ただ、それだけの計画だ。
「ああ。あと少しで、最終のエンコードが終わる。
これで我々は、永遠になる」
教授の言葉は、ひどく乾いていた。
永遠。
なんて傲慢で、滑稽な響きだろう。
私は少しだけ、意地悪な口調になってしまった。
「私たちは、結局どこにも行けなかったんです。
暗い宇宙の海に放り出されるのは、
ただの冷たい数字の羅列にすぎません。
……そのデータの中に、本当に『私たち』の
心は居るんですか?」
少し賢すぎる助手からの冷や水。
けれど教授は怒ることもなく、ひび割れた唇で力なく笑った。
「君は優秀だが、たまに見誤る。
我々人間が、その本能の奥底で本当に
恐れているのは、
肉体の死ではないんだよ」
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