EP11:祈りを忘れた錬金術で錬成した街 ―― ヴェネツィア ft.サエコ
音のある方へ
MC:サエコ
「富は、自由の源泉である。」
フィレンツェの美しい調和を背にして、
私は水の迷宮、
ヴェネツィアに降り立ちました。
水路を叩く波の音。
巨大なガレー船の帆が風をはらむ音。
そして、
リアルト橋の周辺で絶え間なく響く、
硬貨が触れ合う金属音。
この街では、キリスト教の「正しさ」よりも、もっと切実で、誰もが理解できる共通の言語が支配していました。
それは
「利益」
という名の新しい秩序です。
市場を歩けば、十字架を胸に下げた商人と、ターバンを巻いたイスラムの商人が、何食わぬ顔で肩を並べて交渉をしています。
ローマの法に照らせば、彼らは絶対に相容れない「異教徒」のはずでした。
けれど、ヴェネツィアの海の上では、そんな宗教的な対立よりも
「一回の取引をいかに成功させるか」
の方が、よほど重い価値を持っていたのです。
富を蓄えることは、かつては「強欲」という罪でした。
しかし、この街の波音は、それを「美徳」へと塗り替えていきます。
一見すると、それは宗教の対立すらも乗り越える、平和で合理的なユートピアのようにも思えます。
ですが、運河を行き交う華やかな商船の底を覗き込んだとき、私はこの街を覆う冷たい「影」の正体に気がつきました。
船の底でオールを漕ぎ続けているのは、鎖に繋がれたガレー船の漕手たちです。
さらに市場の片隅では、東方から運ばれてきた美しい絹や香辛料と全く同じように、人間たちが「商品」として値踏みされ、売買されていました。
神の教えが届かない海の上で、人間は
「すべてを数字に変換する」
という、恐ろしく冷徹な魔術を手に入れたのです。
信じる神が違っても、
金貨の重さは変わらない。
それは裏を返せば、帳簿の数字さえ合えば、そこにどれほどの血が流れ、どれほど人間の尊厳が踏みにじられていようと「正当な取引(コスト)」として処理されてしまうということでした。
「利益」
という巨大な渦の中では、人間の命すらも、ただの交換可能な部品に過ぎません。
パラッツォ(宮殿)を飾る莫大な富の裏側で、無数の命が秤に乗せられ、静かに消費されていく。
この街に響く金貨の音は、
宗教の壁を壊した自由の音であると同時に、
人間の心が「損得」という
新しい鎖に繋がれた音でもありました。
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