EP10:リナシーター、躍動の槌音―― フィレンツェ ft.サエコ
音のある方へ
MC:サエコ
「人間は、自らの力によって、自らの運命を形作る。」
ナポリの騒々しい迷路を抜け、
北へ向かう列車の窓から見えたのは、
完璧な均衡を保つ
花の都・フィレンツェの姿でした。
街の中心に鎮座する
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。
その巨大なドームを仰ぎ見たとき、私の耳に届いたのは、荘厳な祈りの声ではなく、無数の「槌音(つちおと)」でした。
かつて、教会は神の偉大さを象徴するために建てられました。
けれど、この街の工房から響いてくる音は、もっと生々しく、もっと野心的です。
大理石を削るノミの鋭い響き。
ブロンズを鋳造する炎の爆ぜる音。
それは、神を称えるためという名目の裏で、自分たちの「才能」と「美意識」をこの世に刻みつけようとする人間の欲望の音でした。
私は、アカデミア美術館の静寂の中で、
ミケランジェロの『ダビデ像』の前に立ちました。
そこにいたのは、罪深い「迷える羊」としての人間ではありません。
浮き出た血管、引き締まった筋肉、そして強い意志を宿した瞳。
神が創りたもうた「最高傑作としての人間」を、人間の手で再発見しようとする強烈なエネルギー。
中世の長い間、空(天国)に向けられていた視線が、自分たちの肉体と、この美しい世界へと引き戻された瞬間です。
しかし、その完璧な大理石の表面を見つめていると、ふと、この圧倒的な白さが、ひどく冷酷なものに思えてきました。
この何トンもの巨大な石を採石場から切り出し、泥にまみれて運んだのは、ダビデのような美しい肉体を持った英雄たちではありません。
歴史に名前すら残さなかった、無数の名もなき労働者たちです。
工房から響く槌音の裏には、彼らを安価で使い捨て、天才芸術家たちに莫
な対価を支払うパトロンたちの「金貨の音」が張り付いています。
ここで声高に讃えられている「人間」とは、ナポリの路地裏で明日のパンを求めていた大衆のことではありませんでした。
一部の天才と、
富を持つ権力者だけが共有できる、
特権的で理想化された「人間」。
神の権威から人間を解放したはずのその美しさは、ここでは「富」という新しい権力に奉仕し、持たざる者を切り捨てる、静かで強烈な暴力性を帯びていたのです。
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