0.1秒の逡巡 #4:外れ値の行方 ―― Project Echo
0.1秒の逡巡
Laed:ミライ
ガード下の狂騒を抜け、西荻窪の駅の近くに降り立った瞬間。
耳の奥を圧迫していた「高周波の予感」が、わずかに和らいだ気がした。
新宿のような、数千人の歩行がミリ秒単位で編み上げられた幾何学模様はない。
ここでは、自転車の老婆がふらつき、野良猫が予測不能な角度で路地へ消える。 システムの「視力」が、この埃っぽい風景のすべてを解像しきれていない証拠だ。
私は、スマートフォンの地図アプリを閉じ、そのままポケットの奥に押し込んだ。
それでも、通知は止まらない。
『心拍数が通常より15%上昇しています。
近隣のカフェでデカフェの
ハーブティーを予約しました。
到着まであと3分です。
報酬ポイントが適用されます』
画面を見なくても、その「親切」が網膜に焼き付いている。
システムは私を罰しようとはしていない。
ただ、私の「逸脱」を体調不良やエラーとして処理し、正常なレールへ戻そうと、過保護な親のように手を差し伸べ続けているのだ。
ふと、路地裏のパン屋の前で足が止まった。 ガラス越しの棚に、一つだけ残ったクロワッサン。
私が「お腹が空いた」と意識するよりも早く、ポケットの底でスマートフォンが微かに震えた。
『本日の推定消費カロリーに基づき、糖質補給を推奨します。
当該店舗のクロワッサンは、あなたの好みに92%合致しています』
私は手を伸ばしかけ、止めた。
空腹すら、私のものではないのか。
私がこのパンを「食べたい」と思ったのは、私の内臓が訴えたからか、それとも端末の振動が私の脳に「空腹」という信号を予約したからか。
――感知閾値。
大学の講義で聞いた言葉が脳裏をかすめる。
人間が「操作されている」と不快に感じるには、一定以上の刺激が必要だ。だが、このシステムが提示する「正解」は、常にその閾値のわずか下に設定されている。
あまりに自然で、あまりに快適で、あまりに「自分らしい」。
だから誰も、自分が檻の中にいることに気づかない。
「……これじゃ、誰も怒らないはずだよ」
私はパンを買わずに通り過ぎた。
ガタンッ。
その瞬間、背後の自動販売機から、乱暴な音がした。
振り返ると、私の電子マネーから勝手に決済され、一本のミネラルウォーターが取り出し口に転がっていた。
システムが次に私が喉が渇くと予測したのか、あるいはパンを買わなかった「ストレス」を緩和するためか。
私というエラー個体を正常化しようとする、焦りにも似た物理的な干渉。
『ミライ様、水分補給を。ミライ様。ミライ様……』
誰もいない路地裏で、自動販売機の無機質な音声ガイダンスが、私の背中に向かって執拗にリピートし始める。
まるで、私という予測不能な「バグ」を手放したくないとすがるような、歪んだ愛情。 拒絶を許さない善意。
私は、水を受け取らずに走り出した。
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