EP8.3:遠くで響く、嘆きの鐘の音 ―― バチカン ft.サエコ
音のある方へ
MC:サエコ
「武装した預言者はすべて勝利を収め、
武装なき預言者は滅びた。」
サン・ピエトロ広場は、ベルニーニが設計した巨大な半円形の回廊に抱きしめられるように、あるいは、逃げ道を塞がれるように広がっている。
見上げれば、ミケランジェロが手がけた巨大なクーポラ(円蓋)が、重力を無視して天を突いている。
ここにあるのは、「水平」ではなく、圧倒的な「垂直」の力学だ。
かつて、名もなき漁師や放浪者たちが、食卓を囲みながら分け合った「水平なネットワーク」。
それはいつしか、天国の扉を開く「鍵」と、地上の富と権力を束ねる「王冠」へとすり替わった。
正午。
バチカンの空気を切り裂くように、巨大な鐘の音が鳴り響く。
ゴーン、という腹の底に響く重低音。
それは、慰めの音ではない。
「ひれ伏せ」と命じる、絶対的な権力の響きだった。
広場の入り口では、縞模様の制服を着たスイス衛兵たちが、鋭いハルバード(斧槍)の柄で石畳を突いている。
「カン、カン」という硬質な金属音。
キリストの代理人であるはずの教皇の座は、いつしか、世俗の王たちを破門し、戦争を引き起こす最強の「政治エンジン」と化していた。
私は、広場の中央に立つオベリスクの影に身を潜めながら、この街の空気を震わせているものの正体について考える。
エジプトから運ばれたこの巨大な石柱は、かつて太陽神を讃えるものだったが、今では頂上に十字架を乗せられ、異教を征服した「戦利品」として立っている。
祈りは、武器になったのだ。
十字軍という名の巨大な暴力。
異端審問という名の精神の虐殺。
「神の愛」という言葉は、剣を振り下ろすための、最も強固な大義名分として使われた。
帝国のシステムに組み込まれ、正当な教義として理論武装した物語は、ついにここで、「文明を正当化する装置」として完成した。
誰も、この巨大な権力には逆らえない。
神の名の下に交わされる剣の響きと、空から降ってくる威圧的な鐘の音の中で、かつてこの物語を生み出したユダヤの民の足音は、完全に掻き消されている。
彼らは、自分たちの神が、世界を支配する巨大な帝国そのものになってしまったことを、遠い異国のゲットー(隔離居住区)から、どんな思いで見つめていたのだろう。
物語は、親元を離れ、怪物のように成長して世界を覆い尽くした。
そして、元の民族は、永遠に周縁を彷徨うことを運命づけられた。
分離は、完了した。
私は、広場を吹き抜ける風の中に、取り返しのつかない歴史の断絶を感じていた。
巨大な鐘の音が鳴り止んだ後も、私の耳の奥では、見えない剣が空を切る音が、いつまでも反響し続けていた。
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