EP8.1:玉座から統べる神、地下で育まれる愛――ローマ ft.サエコ
音のある方へ
MC:サエコ
「宇宙は変化であり、人生は主観である。」
ローマの朝は、極めて乾いている。
石畳に反響する足音が、空気を細かく震わせ、都市全体を一つの巨大な打楽器のように鳴らしている。
私は、パラティーノの丘から、眼下に広がるフォロ・ロマーノの遺跡を見下ろしている。
かつて世界の中心だったこの場所は、崩れ落ちた大理石の柱すらも、規則正しい幾何学の美しさを保っている。
規則正しい。
あまりにも、規則正しい。
帝国軍の軍靴が、一糸乱れず石を叩く音。
馬車の車輪が、轍の溝に深くはまる音。
そして、市場で小麦が袋に注がれる、ざらりとした音。
それらはすべて、「ローマ」という巨大なシステムを駆動させるための、正確な歯車の音だった。
巨大な水道橋を流れる水は、エジプトのナイルのように神の恵みとしてではなく、計算し尽くされたインフラとして都市を潤している。
立ち並ぶ神々の彫像すらも、畏れ敬う対象というよりは、帝国の権力を誇示し、多様な市民を一つに統合するための精巧な「装置」に見えた。
祈りの声は、もう、目立たない。
神殿の奥でかすかに揺れる詠唱は、都市の圧倒的な生活音と軍事パレードのリズムに吸収され、ただの環境音へと押しやられている。
かつて、エジプトでギリシャの論理に「翻訳」され、アンティオキアの市場で「熱狂」を得て、エフェソスの劇場で「反響」した彼らの言葉。
それが、この帝国の中心地に辿り着いたとき、彼らを待っていたのは、激しい弾圧というよりはむしろ、この完璧なシステムによる「磨り潰し」だったのではないか。
すべてが法と計算で測られる世界。
そこでは、神との個人的な契約や、魂の震えといったものは、巨大な国家運営の前では「ノイズ」として処理される。
私は、街角の古いパン屋の前で立ち止まる。
石臼が低く唸りを上げ、硬い小麦を、細かく、均質な粉へと変えていく。個々の粒の形は失われ、すべては巨大な帝国を支える「一つのパン」になる。
ユダヤの辺境からやってきた名もなき人々は、この石臼の中で、自分たちの信仰の輪郭が粉々にされていく恐怖を、感じなかったはずがない。
システムの巨大さに飲み込まれそうになるとき、人はどうやって「私」を保つのか、客観的な世界の中で、主観の火を消さないための闘い。
彼らは、地下のカタコンベ(墓所)に潜り、暗闇の中で、静かに、しかし決して絶えることなく祈りの歌を紡ぎ続けた。
それは、地上の行進曲とはまったく違うテンポを持った、もう一つのリズムの誕生だった。
軍靴の音が通り過ぎた後、石畳の隙間に残った一粒の砂。
どんなに巨大なシステムがすべてを覆い尽くしても、その砂粒のような「個」の叫びだけは、聞き逃さない観察者でありたい。
ローマの冷たい風の中で、私はかつての「僕」に別れを告げ、新しい手触りのノートを開いた。
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