命を燃やした灯――革命前夜 : 革命の歴史Vol.24.1
MC: アイ、ユウ
「私たちが手に入れたのは光ではない。
見えない暗闇への恐怖をごまかすための、
血の対価だった」
血で灯された夜
ユウ:
「夜が来るのが怖い」なんて感覚、今の私たちにはちょっとピンとこないですよね。
スマホはいつでも明るいし、少し歩けばコンビニの白い光がある。「光」って、蛇口を捻れば永遠に出てくるインフラだと思い込んでるから。
でも、ほんの150年くらい前まで、夜を照らす光ってもっとドロドロしてて……血の匂いがするものだったんですよね?
アイ:
ええ。
時計の針を少し巻き戻しましょうか。
19世紀の半ば、産業革命でヨーロッパやアメリカの都市が急成長していた時代。工場を夜まで動かし、貴族は夜会を開く。
この「夜の時間を拡張したい」という人間の強烈な欲望を支えていたのは、電気でも化石燃料でもなくて「クジラの油(鯨油)」だったのよ。
ユウ:
ちょっと待ってください。クジラって、あの海にいるクジラですか?
その油で、街灯やランプを点けてたってこと?
アイ:
そうよ。
特にマッコウクジラの脳油は最高級のランプ油だったわ。
当時のアメリカの捕鯨産業は、ただの漁業じゃない。
現代の「巨大石油メジャー」に匹敵する、グローバルな超巨大エネルギー産業だったのよ。
ユウ:
巨大エネルギー産業……。
じゃあ、今の私たちが中東からタンカーで石油を運んでくるみたいに、昔の人たちは巨大な帆船で海を渡って、大きな命を切り刻んで、それを「エネルギー」として使っていたってことですか?
うわぁ……なんか、生々しくてひきますね。
アイ:
その痛覚は人間として正しいわ。
彼らは巨大な船に何年も乗り込み、地球の裏側まで命がけでクジラを追いかけた。
でもね、ユウ。
ここでシステムとしての致命的な「バグ」が発生するの。
それが「エネルギー収支(EROEI)」の限界よ。
【解説:エネルギー収支(EROEI)の限界】
1のエネルギーを得るために、どれだけのコストやエネルギー(投資)を支払ったかを示す指標。
19世紀の捕鯨産業は、巨大な木造船を建造し、大勢の船員を何年も養い、地球の裏側まで航海する必要があった。
そこまで莫大な資源と人命を投資しても、クジラという「地表の生物資源」から得られるエネルギーの絶対量には、生物学的な上限(限界)が存在した。
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