光と風の攻防 ―― 鏡と窓のカスケード:革命の歴史シリーズ Vol.20.2
革命の歴史シリーズ
MC:ユウ × アイ先生
「窓から外を見るのではない。
窓という枠組みが、外の世界を『風景』へと作り変えるのだ」
閉ざされた部屋の、心地よい静寂
ユウ:
(ガラッ……)
あ、今日は少し風が温かいですね。
アイ:
ユウ……。
ごめん……窓閉めて……クシュン!
ユウ:
……ああ……先生、花粉症でしたね……。
ご愁傷さまです。
アイ:
(鼻をかみながら)
……ユウ、今や花粉症は日本人の約4割が発症している、国民的な悩みなのよ。
花粉に苦しまない生活を求めてスギの木がない地域へ移住したり、その時期だけオフィスごと移転する企業の事例もあるくらいなんだから。
ユウ:
わわわ……そんなに……畳み掛けなくても。
すぐ閉めますから。
(ピシャッ。窓が閉められ、室内に静寂が戻る)
ユウ:
……でも、こうして窓をきっちり閉めると、風の音も、車の走る音も、春の匂いも、あっという間に消えちゃいますね。
エアコンと空気清浄機が回る音だけ。
なんだか、世界から完全に切り離された無菌室にいるみたいです。
アイ:
ええ。でもね、ユウ。
それこそが、人類が『窓』に求めた進化の最終形態なのよ。
そもそも『窓(Window)』の語源って、何だか知っているかしら?
ユウ:
語源、ですか? 考えたこともなかったです。
アイ:
北欧の古い言葉で、『風の目(Wind-eye)』よ。
かつての窓は、ただ壁に穿たれた『穴』に過ぎなかった。
家の中で火を使うための排煙や、採光のためにどうしても必要なものだったけれど、同時にそこから風が吹き込み、雨が入り、外の騒音や虫が容赦なく室内の静寂をかき乱す。
人間にとって窓は、自然という巨大なノイズと直接繋がるための、痛みを伴う器官だったのよ。
ユウ:
風の目……。
今の私たちの部屋にある窓とは、ずいぶん意味合いが違いますね。私たちはノイズを遮断するために窓を閉めているのに。
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