運命の香水ゲランミュゲ 前編〜公式サイトの絶望〜
2022年の春
香水の収集癖が再発する直前のこと。
私の日々の香水は
もっぱらDiorのジャドールだった
香水の収集癖とコレクションを手放し
人生の新たな基盤作りに没頭していた10年間近い歳月がようやく終わりを告げ
再び1〜2本だけ香水を手にしていた
当時の私の香水への感覚は
『香水とは自分を表すもの。なりたい自分に近いイメージの香りを纏い、力をもらいたい』
というブランディングの要素があったように思う。

嬉しい日も辛い日も私はジャドールを纏い
私にとって、ジャドールは仕事を表す香りになっていた。
それが不満だったわけではない。
仕事は常に
私の夢そのものであったし
代官山にお店を構えてから3年が経ち
お店には常に美しい石が集まりショーケースには私達が作ったジュエリーが並びお客様の元に旅立っていく、幸せと感謝の日々を過ごしていた。

仕事に没頭する覚悟の断捨離として
中学生から大切に集めていた香水を手放してしまった10年近く前のことを、全く思い出さないわけではなかったけど
2022年、私の目の前には間違いなく
輝く未来が広がっていた
この輝く未来を絶対に手放さない
今を大切に育てて、私はこの場所で生きていくんだ。
過去に後悔は無い。と当時の私は思っていた。
そんな年の春
Instagramの投稿か何かで
美しいボトルの写真を目にした。

最初、それが何であるのかよくわからなかった。
キラキラと輝く石は花
グリーンに光るエナメル部分は葉であり
スズランのジュエリーを纏った美しい瓶は
なんと香水で
ゲランという有名なブランドの
世界限定5,000個 92,400円の
フランス文化の5月1日のスズランの日にちなんで発売される、色々な方面で驚異的な香水であること
私の頭には今までなかった概念が
ガシャガシャと降ってきた。
それは異様で、未知なる輝きを放っていた
このような制作風景の動画もそこには載っていて
香水を纏うという日々の行為は
私が思っていた範囲では決して動いていない
世界にとって香水とは、香りを放つ為のアイテムではなく
美しいものを所有し、その美を取り入れることなのだ
という衝撃の答えが、そこにはあった。
そして、これを買う人間が
世界には5000人いることになる。
これも当時の私にとっては衝撃的な事実だった。
心の中で蓋をしていた何かが動いた気がした。
この世界にある、莫大な浪漫
それは香りの中にもある。

これを手に入れてみたい。
確実にそう思っていたが、頭の中の常識は一瞬で覆る事は無い。
10万円近い金額で香水を買うという事、それは今までの常識の中にはなかった。
存在すらも知らなかったのだから、当然である。
しかし、世の中に5000人もいるのだから
別に良くないか?
5000人も買うのであれば、別に非常識ではない。
おかしな理論が頭の中で、出来上がっては消えたりしながら、私はゲランミュゲを検索した。
世の中の人々がミュゲをどのように思っているかを知りたかった。
そして、検索の結果
なんとゲランは毎年ミュゲを限定で発売していること、さらには同額の桜の香りなども限定で何千個も出していること、そしてそれらを毎年購入している猛者の存在など、驚きの事実が続々と判明した。

はっきりした
私がこれを買う事は何の問題もない。
発売日にネットで買おう!!(事前に香りが店頭で試せることなども知らない。)
その日から、私はミュゲの発売日を心待ちにし、日々を過ごした。
制作風景の動画は何回も見たし、ミュゲを愛用する人々の口コミを読みふけり
購入して満足している人の声、10万円近い値段がするような香りではない!と素直な感想を述べる人の声も、どちらも楽しみ
これをきっかけにカイエデモートを知り、過去のミュゲの情報も読み漁った。
スペシャルな出会いの予感がしていた。

そして発売日の確か発売の時刻ぴったりくらいに
私はゲランのオンラインショップにアクセスした。
当時の記憶はぼんやりしているのだが
ゲランのサイトはちょっとわかりづらく
商品を購入するなどのわかりやすい表記を
私はすぐに見つけることができず
迷いながら、ページをスクロールしていた時である
何の拍子だったのか、ページはいきなり消え
トップ画面に戻ってしまった。
え?売り切れた??
即座にミュゲのページを探したが
どういう訳か、何をどう探してもミュゲのページは出てこない。ミュゲのページ自体がどう探してもショップの中にない。
さっきまでは、確かにあったのに。
購入ボタンは見つけられなかったけど、ページは確かにあったのに!!
一旦サイトから出て、もう一度検索し直してみたが何がどうあっても、ミュゲのページはない。
そのうち、ミュゲに関してのお問い合わせ画面みたいなものにたどり着いた。
終わった。
売れたのだ、、全部。
皆がアクセスし一瞬にしてサーバーが落ちるとか何かの出来事が起き、それで先程ページが急に消えたのだ。
考えが、甘かった。
日本中のゲランファンがミュゲめがけてスマホを連打したに違いない。
それか、何か知らないネットの問題が私に襲いかかり、私だけがページにアクセスできない不幸が起きているのかもしれない。
とにかく終わった。
あの素敵なジュエリーがあしらわれた、2022年限定ボトルは私以外の5000人のもとに旅立ち、一生手に入る事は無い
奈落の底に落ちたかのような精神の中
ボヤボヤと記憶が湧き上がった
視野に入れていなかった店頭販売がある(当時、店頭販売はすぐに売り切れると思い込んでおり発売当日は仕事なので諦めていた。)
確か販売店舗の1つに日本橋高島屋があったはず
そして日本橋高島屋の近所には妹が住んでいる!
ソファーに横たわったまま妹に電話をかけ
突然なんだけど欲しい香水があり、それが10万円近くすること。そしてそれがさっきウェブのページが突然消え買えなかったこと。どんなに探しても商品ページにたどり着けないので売り切れたのではないかと言う事。日本橋高島屋で開店と同時に行けば買えるかもしれない事。本当に申し訳ないんだけれどもしも大丈夫であればどうか買いに行ってはくれないかという事。
切々たる想いを一方的に語った。
妹はうんうんと聞いてくれながら
『今パソコンからゲランのWEB見たんだけど。一応、買えないか見てみるね』と言ってくれ
少し沈黙したあと
『え?これだよね?多分あるよ?』
と言うので、私の精神は急上昇した。
え!?ほんとに!?買えるの?本当!?
だとしたら凄い!え、買って⁈あとでお金払うから。なんとしても!!
そして
『…あれ?なんだろうこれ…買えないのかな?』
急下降
死 という文字が頭に浮かぶ
そして
『あれ?やっぱり買える?ちょっとやってみる…あ、画面変わって…多分これ買えたよ。住所お姉ちゃんのにしとくね。』
全細胞が光に満ち
やったー!!と叫んだ私の声は
スマホ越しの妹の旦那さんにまで届き、2人が笑っているような声が聞こえた。
冷静で優しい家族がいたことによって、私はよく分からないトラブルと精神の危機を乗り切ったのだ。
後編へ続く
