精神年齢という物差し
社交不安障害持ちのなかじょうです。
「精神年齢」という言葉に対して、どのようなイメージを持っていますか。
精神年齢が高い人ほど人間として優れている。
精神年齢が低いから幼稚だ。
そんなイメージがこの世の中には蔓延っているように私は感じています。
確かに精神年齢が低い人というのは存在していると思います。
自分勝手で直中心的な人や話が通じない人、様々いると思います。
でも、私は最近「精神年齢」という言葉とそれを利用した物差しについて、少々疑問に思っています。
精神年齢という物差しでその人を推し量る現代社会に対する疑問です。
あなたは自分の精神年齢に関して、どのような評価をお持ちですか。
私は同年代の人達と比べれば、少々精神年齢が上ではないかと自己分析しています。
理解力はある方だと思っているし、自分より他人を優先して行動することができると考えているからです。
しかし、この精神年齢という物差しは、人によってそれぞれ形が違い、見え方が違うものであると考えています。
例えば、大人になっても仮面ライダーやヒーローものの番組が好きな人に対しては、どのようなイメージを持たれるでしょうか。
これは私のことなのですが、21歳を迎えた今でも仮面ライダー大好きです。
グッズを集めたり、イベントに顔を出したりすることもあります。
これははたから見れば、「その年齢にもなってまだ子供みたいな趣味しているの?」と言われても仕方のないことだと思います。
それでも、好きなものは好き。
少し例が特殊だったかもしれませんが、要は自分が感じ取った精神年齢でその人のことを推し量ったり決めつけたりすることほど、精神年齢が低い行為なのではないか。そう思っているのです。
自己中心的な人、話が聞けない人、人のことが考えられない人。
この世の中にはそういった人たちがたくさんいます。
ただ、そのような人たちは絶対に好きでそうなっているわけではないと思うんです。
環境がそうさせた。と言ってしまえば話が終わってしまうのですが、その人の置かれた環境が、その人をそうさせてしまったのではないかと最近は考えています。
人を変えることはできませんから、私は頑張って、自分の接し方を変えてその人に寄り添えるような努力をしているつもりです。
まだまだできていませんけどね。
こちらが歩み寄る姿勢を見せなければ、相手が歩み寄ってくる確立というのは限りなく低いと思います。
精神年齢という物差しは、だれもが持っているものだと思います。
だからその物差しで測ったことを鵜吞みにするのではなく、相手の置かれている環境を推測するための物差しとして使い、相手のために歩み寄るツールとして使っていこうと私は思います。
無論この話に関して、ゴールや終わりなんてものはないと思います。
皆さんのご意見是非聞きたいです。
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2026年6月9日 なかじょう
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