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第3話「120億円事件」――3連覇を賭けた1.9倍が出遅れた日、それでも愛された理由

「スタートまであともうちょっと、大丈夫だよ、というところで、馬が”ウワーッ!“となってしまって……」
――2015年宝塚記念、横山典弘。

プロローグ 「事件」と呼ばれた敗北

競馬の長い歴史の中で、「事件」と呼ばれるレースがいくつかある。

その多くは、不正やアクシデント、あるいは衝撃的な大波乱を指す。しかし、一頭の馬の「敗北」そのものが「事件」と呼ばれた例は、そう多くない。

2015年6月28日、阪神競馬場。第56回宝塚記念。

単勝1.9倍。圧倒的1番人気。「JRA同一平地GI競走3連覇」という前人未到の大記録に挑んだ一頭の芦毛が、ゲートで立ち上がり、大きく出遅れ、15着に大敗した。

その馬に投じられた馬券は、約120億円。

それが一瞬にして、紙くずと化した。

この出来事は、後に「120億円事件」と呼ばれ、競馬史に永遠に語り継がれることになる。

第3話では、5歳夏の札幌記念から、凱旋門賞挑戦、そして6歳での奇跡の天皇賞春制覇を経て、あの「120億円事件」に至るまでを語る。

栄光と挫折。歓喜と脱力。そして――それでもなお愛され続けた理由。ゴールドシップという馬の「本質」が、最も色濃く表れた時期の物語だ。

さあ、最後まで、じっくりとお付き合いください。

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第一章 夏の美少女に屈す――札幌記念2014

第2話で語った2014年宝塚記念の連覇から約2ヶ月。ゴールドシップは夏の北海道、札幌記念へと向かった。

このレースは、秋の大目標・凱旋門賞へ向けた前哨戦という位置づけだった。

そして、ここで一頭の「美少女」が立ちはだかる。

ハープスター。この年の桜花賞馬であり、3歳牝馬ながら同じく凱旋門賞を目指す実力馬。鋭い末脚を武器にする、人気馬だった。

レースは、ハープスターに軍配が上がった。ゴールドシップは2着に敗れた。

ただし、内容を見ると評価は分かれる。この時、ゴールドシップの斤量は57キロ。対するハープスターは3歳牝馬で52キロ。実に5キロ差があった。それでいて、着差はわずか4分の3馬身。しかもゴールドシップは、3着馬には5馬身もの差をつけていた。

つまり「斤量差を考えれば、むしろゴールドシップは強い競馬をした」とも言えた。

斤量5キロというのは、競馬では非常に大きい。一般的に1キロで約1馬身、距離にして数メートルの差が出るとされる。5キロ差で4分の3馬身差なら、互角以上の評価もできる。

ともあれ、両者はそれぞれの思いを胸に、フランスへと旅立つことになる。

舞台は、世界最高峰の凱旋門賞。母父メジロマックイーンも、そしてあのディープインパクトも涙を呑んだ、夢の舞台へ。

第二章 世界の壁――凱旋門賞2014

この年、日本からは史上最多の3頭が参戦した。ジャスタウェイ、ハープスター、そしてゴールドシップ。いずれも須貝厩舎・関係者にとって悲願の世界制覇を狙う布陣だった。

ちなみに、フランスへの渡航も一筋縄ではいかなかった。当初はフランスへの直行便を利用する予定だったが、ストライキにより欠航。急遽、成田からオランダのアムステルダムへ飛び、そこから陸路でフランス入りするという、波乱の珍道中だった。

(凱旋門賞に挑む前から、移動でトラブル。ゴルシらしいというか、持ってるというか…。普通の馬が行くと飛行機も普通に飛ぶのに笑)

レース当日。ゴールドシップは2番ゲートからの発走。本来なら3番目の枠入り予定だったが、リクエストが認められ、後入れでのゲートインとなった。気性の難しいこの馬への、陣営の細やかな配慮だった。

しかし、その配慮も虚しく――。

五分のスタートを切ったものの、いつものように行き足がつかない。最後方からのレースを強いられた。

1000メートル通過が60秒程度という、凱旋門賞としてはペースが流れる展開。ゴールドシップは3コーナーを回り終え、フォルスストレート(偽りの直線)に入ってから進出を開始した。直線入口では大外に持ち出して勝負に賭ける。

しかし、残り400メートル付近でチキータに内から寄られ、若干スピードを落とす。その後もしぶとく伸びは見せたが、後方の馬をかわすのが精一杯だった。

結果は、14着。

勝ったのは、地元フランスの女傑トレヴ。前年に続く連覇を達成した名牝で、ゴールドシップとは対照的に、道中を中団から前目につけ、直線で内からスムーズに突き抜けるという王道の競馬だった。トレヴからは、約8馬身差。完敗だった。

日本馬最先着はハープスターの6着。ジャスタウェイは8着。3頭とも、世界の壁に跳ね返された。

レース後、横山典弘騎手は報道陣に対し、何度も同じ言葉を繰り返した。

「世界はそう甘くないよ。」

そして、こうも語っている。「馬は本当によく頑張ってくれました。初物尽くしの環境だったし、日本と変わりない走りをしてくれました。ましてや、あれだけの気性の馬だからね。それがこういう環境にきて、よく持ちこたえたと思います」。

あの「猛獣ゴルシ」が、見知らぬ異国の地で、よく耐えた。それ自体が、ある意味で称賛に値した。

須貝調教師も「世界は甘くない。厳しい競馬だった。応援してくれた皆さんには申し訳ない気持ち」と語った。

ちなみに、この凱旋門賞。母父メジロマックイーンの血を引くゴールドシップにとって、もう一つの意味があった。かつてディープインパクトが挑み、失格という形で散った舞台。そしてオルフェーヴルが2年連続2着と惜敗した舞台。日本競馬の悲願がかかった夢の大地で、ゴールドシップもまた、跳ね返された。

帰国後、オーナーの次男・小林正和は「前目で競馬ができるようなら、また挑戦することを考えます」と語り、現役続行と凱旋門賞再挑戦を示唆した。

ゴールドシップの挑戦は、まだ続く。

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第三章 偉大なる先輩たちと肩を並べて――阪神大賞典2015、3連覇

凱旋門賞遠征の疲れもあったか、2014年暮れの有馬記念は精彩を欠いた。年が明け、ゴールドシップは6歳になった。

競走馬としては、もうベテランの域。普通なら衰えが見え始める年齢だ。しかし、こと「得意の舞台」に関しては、ゴールドシップの強さは健在だった。

2015年3月22日。阪神競馬場。第63回阪神大賞典。

得意中の得意、阪神3000メートル。ゴールドシップは単勝1.6倍の圧倒的1番人気に支持された。

レースでは中団のやや後方から進み、3コーナー手前からのロングスパート。少しずつポジションを上げ、4コーナーで先頭集団に加わると、最後は追走するデニムアンドルビーを1馬身抑えて勝利した。

「強いゴールドシップが帰ってきた」。

そして、この勝利には特別な価値があった。阪神大賞典、同一重賞3連覇。

これは史上9頭目の記録。しかし、その3連覇をすべて1番人気で達成したのは、過去にセカイオー(鳴尾記念)、バローネターフ(中山大障害)に次ぐ史上3頭目。さらに、グレード制が導入されて以降では、初の快挙だった。

加えて、この勝利でゴールドシップは史上7頭目となる重賞10勝に到達した。

生産者の出口俊一さんは、阪神競馬場でこの瞬間を見届けた。馬体重は前走からマイナス8キロ。闘志を内に秘め、堂々と大股でパドックを周回する同馬に、出口さんは「頼もしさ」を感じたという。

メジロマックイーンやディープインパクトといった、阪神大賞典を勝った偉大な先輩たち。その肩を並べる「メモリアル勝利」だった。

そして向かう先は、得意でありながら2年連続で泣かされた、あの天皇賞春。3度目の挑戦が待っていた。

第四章 常識を覆した「向こう正面スパート」――天皇賞春2015

2015年5月3日。京都競馬場。第151回天皇賞(春)。淀の3200メートル。

ゴールドシップは、ここまで天皇賞春に2度挑み、いずれも敗れていた。2013年は5着、2014年は7着。得意なはずの長距離GIで、なぜか勝てない。それが「春の盾」だった。

鞍上は、凱旋門賞以来となる横山典弘。前走騎乗の岩田康誠がアドマイヤデウスに騎乗するための乗り替わりだった。人気は、ダービー馬キズナに次ぐ2番人気。

そしてこのレース、スタート前から一波乱あった。

ゴールドシップはゲート入りを嫌がり、なんと目隠しをされた状態でゲートに入るという事態に。例によって、すんなりとはいかない。気難しさは健在だった。

(春の盾の大一番でも、ゲート入りで一悶着。もう様式美ですわ。ファンも「はいはい、いつもの」って感じやったと思う笑)

スタート後、ゴールドシップは1番人気のキズナと並んで最後方。1周目を終えても、ずっと後方のまま。普通なら「今日もダメか」と思う位置取りだった。

しかし、ここで横山典弘が、競馬の常識を覆す大胆な策に出る。

2周目の向こう正面。

まだゴールまで1000メートル以上もあるその地点で、横山はゴーサインを出した。馬群の外から、少しずつ前方へとまくっていく。

「えっ、こんなに早く動くの!?」

スタンドがどよめいた。長距離戦で、向こう正面から動き出すなど、普通はしない。早すぎる仕掛けは、最後の直線で脚が上がる「自殺行為」とされる。

しかし、横山典弘には確信があった。ゴールドシップの底知れぬスタミナ。母父メジロマックイーン譲りの、長く良い脚を使い続ける能力。それを信じての、「常識外れの戦法」だった。

ゴールドシップは、ぐんぐんと進出していく。最後の直線、先頭に立っていたカレンミロティックを捉えて抜き去ると、追い込んできたフェイムゲームをクビ差で抑えた。

ゴール。

ゴールドシップ、天皇賞春制覇。3度目の正直で、ついに春の盾を手にした。

勝ちタイムは3分14秒7。これがJRA・GI6勝目で、歴代2位タイの記録となった。さらに、4年連続でのGI勝利はJRA史上6頭目。古馬GIを4年連続で制したのは、アグネスデジタルに続く12年ぶり2頭目の快挙だった。

横山典弘にとっては、1996年サクラローレル、2004年イングランディーレ以来の天皇賞春3勝目。秋を含めると天皇賞通算4勝目という名手の勲章だった。須貝尚介調教師にとっては、嬉しい天皇賞春初制覇となった。

なお、ゲート入りで揉めたため発走時刻が4分遅れ、レース後に発走調教再審査が科せられた(ちゃっかり再審査は一度で合格している。やればできる子なのだ笑)。

ともあれ、3度目の挑戦でついに掴んだ春の盾。誰もが「やっと獲った」と喜んだ。

そして――この勝利が、競馬ファンの胸に、ある「壮大なドラマ」の予感を呼び起こすことになる。

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第五章 血が呼んだ「3連覇」への筋書き

ここで、みつおじとして、どうしても語っておきたい「血のドラマ」がある。

ゴールドシップの母父は、メジロマックイーン。

そう、第1話で語った、あの芦毛の貴公子だ。そしてメジロマックイーンといえば――天皇賞春を、1991年・1992年と連覇した馬である。

しかし、1993年。マックイーンは天皇賞春3連覇に挑み、「記録壊し」ライスシャワーの前に2着に敗れた。あと一歩、悲願の3連覇には届かなかった。

その母父の血を引く、同じ芦毛のゴールドシップが、2015年に天皇賞春を制した。

そして次に挑むのは――宝塚記念。

ゴールドシップはすでに2013年・2014年と宝塚記念を連覇している。つまり、この2015年の宝塚記念を勝てば「JRA同一平地GI競走3連覇」という前人未到の記録が達成される。

ここで、競馬ファンは気づいた。

「母父マックイーンが果たせなかった『3連覇』に、孫のゴールドシップが挑む」

血の運命。世代を超えたリベンジ。マックイーンが天皇賞春で届かなかった3連覇の夢を、芦毛の血を受け継いだゴールドシップが、別の舞台で果たそうとしている――。

この筋書きに、ドラマを感じない競馬ファンはいなかった。

しかも「JRA同一平地重賞3連覇」というのは、実は三冠馬になるより達成例が少ないほどの難記録だ。決して長くない競走馬の現役期間で、3年連続で同じレースに勝ち続けるのが、いかに難しいか。

ゴールドシップは、その歴史的快挙に、最も近い場所にいた。

ファンの期待は、最高潮に達した。「マックイーンの孫が、ついに3連覇を成し遂げる」。誰もがその瞬間を見たいと願った。

だからこそ――約120億円もの馬券が、この一頭に投じられることになる。

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第六章 2015年6月28日――運命の発走

2015年6月28日。阪神競馬場。第56回宝塚記念。芝2200メートル。16頭立て。

ゴールドシップは、前年に続いてファン投票1位。単勝1.9倍の圧倒的1番人気。15番枠から、58キロを背負っての出走だった。

「JRA同一平地GI競走3連覇」という空前の記録。母父マックイーンの果たせなかった夢。すべてを背負って、芦毛の不沈艦がゲートに向かった。

スタンドは異様な熱気に包まれていた。誰もが、歴史的瞬間の目撃者になることを期待していた。

そして――運命の発走の時。

ゴールドシップは、15番ゲートに入った。隣の14番ゲートには、トーホウジャッカル。昨年の菊花賞馬だった。

発走直前。そのトーホウジャッカルが、ゲート内で少しうるさくした。

その瞬間――ゴールドシップの「スイッチ」が入ってしまった。

第2話で語った、共同馬主の岡田の分析を思い出してほしい。ゴールドシップは「自分が王者」だと思っている。隣の馬が騒ぐと「けんかを売られた」と感じ、それに応じる。賢く、気高く、そして気性が激しい。

ゴールドシップは、隣のトーホウジャッカルを威嚇するように、ゲート内で立ち上がった。

落ち着きを失う芦毛の巨体。なだめようとする横山典弘。スタンドに緊張が走る。

そして、ゲートが開いた、その瞬間――。

ゴールドシップは、もう一度立ち上がった。

ゲートが開いてもなお、立ち上がる。出遅れるどころの話ではない。ゲートを出るのに、1秒、いや2秒以上かかったかもしれない。

横山典弘は、後にこう振り返っている。

「スタートまであともうちょっと、大丈夫だよ、というところで、馬が”ウワーッ!“となってしまって、これはもう……」

完全に、致命的な出遅れだった。

第七章 120億円が、紙くずになった

絶望的な位置から、ゴールドシップのレースは始まった。

最後方。前を行く馬たちは、はるか彼方。いかにゴールドシップのスタミナをもってしても、この出遅れは取り返しがつかなかった。

それでも、ゴールドシップは走った。3コーナーで、なんとか馬群に取り付いた。一瞬、「あの伝説のゴルシワープが、もう一度起きるのか!?」と、誰もが淡い期待を抱いた。

しかし――勝負どころで、もう脚は残っていなかった。あれだけのロスを背負っては、さすがの不沈艦も浮上できない。

結果は、15着。大惨敗。

勝ったのは、6番人気のラブリーデイ(川田将雅騎乗)。2番手追走から直線で抜け出す正攻法を、ズバリと決めた。2着には10番人気デニムアンドルビー、3着には11番人気ショウナンパンドラ。伏兵の牝馬2頭が追い込み、大波乱の決着となった。

そして――ゴールドシップに投じられた約120億円の馬券が、あの大出遅れによって、一瞬にして紙くずと化した。

「JRA同一平地GI競走3連覇」の夢は、ゲートの中で潰えた。母父マックイーンが果たせなかった3連覇は、孫もまた、達成できなかった。

血は、こんなところまで似なくてもいいのに。

この出来事は、後に「120億円事件」として、競馬史に永遠に語り継がれることになる。

なお、発走直前の行為が「枠内駐立不良」と判定され、ゴールドシップにはまたしても発走調教再審査が科せられた。

(マックイーンは「ライスシャワーに負けて」3連覇を逃した。ゴルシは「自分がゲートで暴れて」3連覇を逃した。同じ3連覇失敗でも、孫のほうは100%自分のせいという…。血は争えへんけど、失敗の仕方は独自路線を貫くんですよ、この馬は笑)

第八章 それでも、愛された

普通、これだけの大記録を、自らの気性のせいで台無しにすれば、ファンは失望する。怒る。批判する。120億円である。多くの人が、馬券を外したのだ。

しかし――ゴールドシップに対しては、違った。

確かに、3連覇に届かなかったことへの落胆はあった。馬券を外したファンの嘆きもあった。けれど、それ以上に、ファンはゴールドシップを「愛し続けた」。

なぜか。

それは、この「120億円事件」こそが、ゴールドシップという馬の本質を、最も象徴する出来事だったからだ。

人間の予想を超える。常識を覆す。期待を裏切る。けれど、その裏切り方すら、どこか憎めない。むしろ「ゴルシらしい」と、ファンは笑って受け入れた。

JRA自身が、後にゴールドシップをこう紹介している。「人間の予想の範疇を超える”気まぐれさ”も魅力の一つで、多くのファンから愛された名馬です」。

そう、ゴールドシップは「気まぐれだから」「予想できないから」「何をするかわからないから」こそ、愛された。

考えてみてほしい。強いだけの馬なら、他にもいる。安定して勝つ馬なら、他にもいる。しかし、120億円を一瞬で紙くずにして、それでもなお愛される馬が、他にいるだろうか。

ゴールドシップは、競馬の「筋書きのないドラマ」を、誰よりも体現した馬だった。勝っても負けても、いや、特に「ありえない負け方」をしたときほど、人々の記憶に深く刻まれた。

ある競馬ファンは言った。「ゴールドシップのレースを見に行くときは、全身が汗ばんでしまう」と。走るか、走らないか。暴れるか、暴れないか。勝つか、とんでもない負け方をするか。すべてが予測不能。だからこそ、目が離せない。だからこそ、応援せずにいられない。

「ちゃんと走ってくれると、感動してしまう」。

これほど競馬ファンの心を掴んだ馬は、そうそういない。

母父マックイーンが優雅な貴公子として愛されたのとは、まったく違う形で。ゴールドシップは「破天荒な反逆児」として、日本中の競馬ファンに愛された。

血は繋がっていても、愛され方は、まったく違った。それもまた、競馬の面白さだ。

エピローグ 「事件」を起こせる馬の幸福

「120億円事件」。

この言葉には、不思議な響きがある。本来なら、大失態を意味する言葉のはずだ。120億円を紙くずにした、歴史的な敗北。

しかし、この言葉が今、どこか「愛おしさ」をもって語られるのは、なぜだろう。

それは、ゴールドシップが「事件を起こせるほどの馬」だったからだ。

そもそも、120億円もの馬券を集められる馬が、どれだけいるだろう。単勝1.9倍まで支持される馬が、どれだけいるだろう。母父の果たせなかった3連覇という壮大なドラマを背負える馬が、どれだけいるだろう。

ゴールドシップは、そのすべてを背負える、特別な馬だった。だからこそ、その敗北すら「事件」として、歴史に刻まれた。

凡庸な馬が負けても、ニュースにすらならない。しかしゴールドシップが負けると、それは「120億円事件」という名前を持つ、伝説になる。

これは、ある意味で、最高の名誉ではないだろうか。

2015年の宝塚記念から10年が経った今も、この「事件」は語り継がれている。JRAが宝塚記念の名馬としてゴールドシップを紹介すれば、ファンは必ず「2015年の話はせんのかい!」と愛のあるツッコミを入れる。それくらい、この出来事は人々の記憶に焼き付いている。

栄光だけでは、伝説にならない。挫折や失敗、予測不能な「事件」があってこそ、その馬は本当の意味で「愛される存在」になる。

ゴールドシップは、それを証明した馬だった。

しかし、物語はまだ終わらない。

「120億円事件」の後も、ゴールドシップの現役生活は続く。そして迎える、最後の有馬記念。さらにその先には、種牡馬としての「第二の人生」――そこでもまた、ゴールドシップは”らしさ”全開の伝説を作り続ける。

芦毛の反逆児の物語、その最終章は、次回・第4話で。

単勝1.9倍。約120億円。前人未到の3連覇。すべてを背負い、すべてをゲートの中で手放した。それでも、ゴールドシップは愛された。いや、だからこそ、愛されたのだ。

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みつおじの競馬クロニクルでは、ゴールドシップの名レース映像とともにこの物語をお届けしています。

▼ みつおじの競馬クロニクル

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