リライト【22】1999.6
僕は今、実家である教導館を離れ、自宅から毎朝、教導本部支所まで10kmの道程を通う生活を繰り返している。
その途上ではいつも必ず高校生が自転車を漕いでそれぞれの学校に向かう姿を目にしている。
中でも特に目につくのはM高の女子高生だった。
僕が高校を卒業して20年以上経った今もなお、彼女達の制服はモデルチェンジすることなくクラシカルなデザインのそれをまとって目の前を颯爽と駆け抜けていく。スカートの裾を風になびかせ、刹那の煌めきを描きつつ。
僕は、そんな瑞々しいМ高の女の子達の後ろ姿に時折、ピピの面影を重ねることがある。20年以上の時を経て、相も変わらずだ。
支所への通勤路は必ずM高の前を横切ることになるので、無数の同じ制服姿の子達が視界に入ってくる。
車内で音量を高めにして聴いているスーパーカーが、ナカコーが、フルカワミキが、あるいはsyrup16gの五十嵐隆が、くるりの岸田繁が、BUMPの藤原基央が、Airの車谷浩司が、いずれも情景回帰に一役買ってくれて、そうやって、たまに僕の意識はあの頃の自分へと立ち還る錯覚にとらわれる。
僕は16歳を迎える。
そしていつも、当初思っていたよりもずっと、予想以上の頻度で僕はピピと朝の登校時間に顔を合わせていた。
笑顔で軽く手をふったり、些細なひとときにほんの一言二言交わしたり、ある程度タイミングが遇うと暫く同じ道を自転車を並べて走り、その間に近況を伝えあったり、そんな小さな事の積み重ねでも僕は、そこそこ満たされていた。
ピピは、学校でマヤと一緒に吹奏楽部に入部していた。面白いよ、と彼女は言う。あの面倒くさがりがちゃんと部活に打ち込んでいるのか、と僕は呟く。彼女が中学生だった頃は名ばかりの幽霊美術部員だったからだ。万年帰宅部にそんな言われる筋合いないけどね、と毒づかれる。
高校総体で入場行進曲を演奏するんだから、とピピは宣言する。
そんな新生活を満喫する彼女等がいて、A高バドミントン部で汗しているOがいて、僕はというと、相変わらずブレることなく小説を書き続けていた。
それしかなかった。高校で知り合った新しい友達を材料に、僕の描く物語は一層の広がりを見せる。
そしてピピとの約束で、書き終えた小説は、朝の鉢合わす束の間の時間の中で、僕の手から彼女の自転車のかごへと投函される。ピピはそれを受け取って、学校でマヤとそれを読みまわす。
そんなことを幾度か繰り返していた。
そうしている限り、僕等はたとえ別々の高校に通っていたとしても、まだまだ途切れることなく繋がりを保ち得ることが出来た。
僕なりのやり方であり、僕にしかできない方法だった。
それ以外にも、僕はちょっとした新たな試みを始めていた。
毎夜、ランニングをするようになっていた。
唐突な閃きで走ろうと思い立った。
部活動に入ろう等とは考えもしない。
ひとりで自分と向き合える何かでなければ僕はどうしても続かなかった。
夜の闇を孤独に、黙々と走る作業は案外、性にあった。
MDウォークマンを胸ポケットに入れ、Oasisを聴きながら、くるりを、GRAPEVINREを、GOINGSTEADYを、COCCOを、THE BEATLESを聴きながら、高校3年間ひたすら走り続けた。
付き合う友達が変わればやることも自ずと変わってくる。
学校を途中でサボり、午後から水平線のよく見える波止場で気の合う友達等と3人、あてもなくただぶらぶらと時間を潰す。
一緒にいた生瀬はポケットから煙草を取り出し、能村に一本渡してそれを吹かす。生瀬はこなれた仕草で煙草をくゆらせながらその場に寝転がる。ゆっくり雲が流れるのどかなひとときを満喫していると、程なく初老の男性が近づいてきて、無造作に置いていた僕のリュックの上に警察手帳を放る。
「近くの釣り人から電話で通報があったからな」
と言うと、彼は僕等のすぐ横にどっこいしょと腰を下ろす。
「油断したな。さあ、どこの高校だお前ら」
僕等は3人とも学生手帳の提示を促され、渋々それを出してみせる。
「お前は吸っていないのか」吸っていません、と答えたが、だけどその場に居合わせた以上はな、と僕の名前と連絡先も控えられる。
「学校をサボって真昼間からこんな堂々と喫煙か、うん?」
低い声で尋問されると、生瀬が咄嗟に、今日は午前で授業が終わりなんです、とその場しのぎの出まかせを言う。警察官の男性は、本当かよ?…まあいい、今回はこれだけで勘弁してやる。次見つけたら学校と保護者に連絡するからな、と忠告を残し、生瀬の持っていた煙草を預かると、そのままそこを黙って立ち去っていった。
3人共暫く固まったまま警察官の後ろ姿が見えなくなるまで黙って誰も何も言わない。やがて、「…こんなこともあるよね」と生瀬が呟き、僕と能村は苦い顔で小さく笑う。
オシャレな能村が駅周辺街の服屋を出入りし目ぼしいそれの物色をするのに僕と生瀬は付き合う。
これ買おうかな、と能村は、僕があまりよく知らないブランドの高いTシャツを躊躇なくその場で購入する。僕は興味あるフリだけしながらそうやって街を漂い歩く彼等と共に行動を繰り返す。
かつての僕とは無縁だった様々なものを見聞きし、同年代者の感覚を彼等からその上澄みだけをすくいとって味わった気になっていく。
特別な理由などなくても、ただ時間の許す限り自転車を漕いで市内の至るところを走り、行動範囲を広げ、どこまでも足をのばすことのできる自由さに、高校生そのものの体現だと受け止めそれを楽しんでいた。
そんな走り出しの僕の高校生活に程なく、ちょっとした苦いイベントが発生する。
【続】
