サンフェーデッドという『記憶』
皆さんはサンフェーデッドという楽曲をご存知だろうか。サンフェーデッドとは、学園アイドルマスターのキャラクター、篠澤広の楽曲である。
学園アイドルマスターは、アイドルを志す少女たちの物語を描くゲーム。アイドルの養成学校としても運営されている初星学園に入学した様々なキャラクターを、プレイヤーはプロデューサーという立ち位置から共に悩み、導く事になる。ゲーム内のアイドル達にはそれぞれ個人の楽曲が提供される。冒頭にタイトルを語ったサンフェーデッドはそんな楽曲の歌の一つ。
曲を歌う篠澤広という少女は、20年間に及ぶアイドルマスターという作品群に於いてあまりにも特殊な存在。外れ値と形容しても良いだろう。
彼女にとってアイドルとは夢ではなく趣味なのだと、プレイヤーはかなり早い段階で打ち明けられる。明確に描写こそされないが、彼女はかつて天才として名を馳せ、14歳で大学を飛び級で既に卒業している。そんな頭脳を持つ彼女にとって、上手く行くことはいつしか苦痛となった。それ故に自分がコントロール出来ない事、自分に出来ない事にこそ喜びを覚えるようになり、自分に最も向かない事だからこそ、アイドルを始めたのだと打ち明けられるのだ。
そんな彼女は、見るからに虚弱だ。寮からの通学だけで体力を使い果たすレベル。教室間の移動中に気絶したところを助けるというとんでもない出会いをプレイヤーと果たす事になる。声は細く、感情表現も乏しく、リアクションも薄い。それでも彼女と歩むうちにプロデューサー(プレイヤー)は、彼女の中にある何故か惹きつけられる魅力と神秘性をとことんまで伸ばすという奇策に出る。
奇策は成功する。寧ろ、し過ぎるのだ。異常なまでの神秘性をステージの上で放つ彼女にファン達は段々と先鋭化し、本人をもって宗教じみている領域まで届く。そんな状況にプロデューサーは更に奇策を重ねる。
「篠澤広を、人間に戻します」
そうして生まれた楽曲こそが、サンフェーデッドである。以下にリンクを貼るのでぜひ視聴してほしい。
バリバリに割れたサウンド。がなり立てるようなギター。叩きつけるような低音。そして、まるで機械音のようなか細い歌声。
あまりにも異常な楽曲だと言わざるを得ない。曲の構成だけで言えば、オルタナティブロックの文脈だろう。往年のバンドでいえばRadioheadなどが分かりやすいだろうか。
しかしこの楽曲の真の異常性は、その後の劣化具合にあると思う。ボロッボロに歪んだサウンドは、音楽という物そのものがデジタル化した現代に於いては最早起きようもない現象だ。さながら、何度も使い続けて伸び切ったカセットテープや、パソコン黎明期にコピーされ続けて劣化し尽くしたようなそのサウンドは、聞く者の過去から掘り起こしてきたかのようだ。それでいて、か細い歌声だけが何故かはっきりと聞こえてくる。
そう、記憶に入り込んでくる楽曲なのだ。まるでかつて街に流れていた曲のような。ネットサーフィンを繰り返すうちにたまたま出会い、二度と探し出せなかった曲のような。存在しない思い出として、この曲は海馬の奥から音を響かせる。
そしてそこに、オルタナティブロックというジャンルが重なってくる。オルタナティブロック(以下オルタナ)は、主だって自らのアイデンティティを叫ぶ楽曲が多い。実意、実存性、実害、実損。オルタナとは自分自身を世界に叫ぶための若者達の手段だった。敢えてそのジャンルで歌われるこの曲は、文字通り実存性を高めてくる。篠澤広という概念の記憶が、そこに居る。或いは居たのだと、世界に刻みつけてくる。
物語の話に戻ろう。何故、篠澤広を人に戻すためにこの楽曲が生まれるのか。それは正しく実存性を高めるためなのだ。篠澤広のステージと歌声は、隔世感が強い。よく舞台では、客席と舞台の間に第4の壁があると語る。左右に一枚ずつ、奥に一枚。実在する壁は合計で3枚。しかし、客席と舞台は別の世界だ。そこには見えないが、確固たる壁がある。それを第4の壁と形容するのだ。篠澤広のステージは、その第四の壁が殊更分厚い。照明の中に消えてしまいそうな真っ白な肌。ギリギリでこちらに聞こえてくる歌声。息を吹きかけただけで飛ばされそうなステップは宙を浮くように見える。ステージの上は完全に別の世界と化す。
だからこそこの楽曲で彼女は歌う。自分はここにいるのだと。自らの肉体を通して感じる刺さるような夏の日差しを通して。あのチクチクとした紫外線の痛みが、聴いているこちらにも不思議とリフレインするほどに。
様々な角度で、様々な方法で、この楽曲は篠澤広の実存性を聴く者に刻み付ける。よくオタク達は自らがハマったコンテンツに脳を焼かれるという表現をしがちだが、この楽曲はそれの極地にあると思う。
聴く者の脳裏に自らを刻み付け、焼き付ける。強い夏の日差しの後に残る日焼けのように。
これから夏が始まる。この曲を聴きながら、あったかもしれない夏の記憶に想いを馳せてみてはいかがだろうか。
