小説『日本最弱の保育園』Season2―― それでも、命を教えたい ―――― 家族が園庭にやってくる ――第3話「弟が生まれる日」
その朝、あかりちゃんは、いつもより少し早く登園してきた。
玄関の扉が開く前から、外で小さな声が聞こえていた。
「自分で持つ」
「重いから、パパが持とうか」
「自分で持つ」
「でも、落としたら」
「自分で持つ!」
扉が開くと、あかりちゃんが両手で通園バッグを抱えて立っていた。
いつもなら、バッグは肩にかけている。
けれど今日は、胸の前にぎゅっと抱えていた。
その後ろに、お父さんがいた。
お父さんは、少し寝不足の顔をしていた。
髪も、いつもより少し乱れていた。
ワイシャツの襟も、片方だけうまく収まっていない。
けれど顔は、どこか明るかった。
園長先生は、すぐに分かった。
「あかりちゃん、おはよう」
「……おはよう」
あかりちゃんの返事は、小さかった。
「お父さん、おはようございます」
「おはようございます」
お父さんは頭を下げてから、少し照れたように笑った。
「あの、今朝、無事に生まれました」
玄関にいた先生たちの顔が、一斉にほころんだ。
「まあ」
「おめでとうございます」
「よかったですね」
「男の子ですか?」
「はい。男の子です」
お父さんは、うれしそうにうなずいた。
「母子ともに元気です。あかりも、今日からお姉ちゃんです」
お姉ちゃん。
その言葉が玄関に落ちた。
先生たちは笑顔だった。
お父さんも笑っていた。
通園バッグを抱えたあかりちゃんだけが、少し下を向いていた。
「お姉ちゃんになったんだね」
若い先生が、やさしく声をかけた。
あかりちゃんは、うなずかなかった。
代わりに、バッグを抱く腕に力を入れた。
園長先生は、しゃがんであかりちゃんの顔をのぞき込んだ。
「あかりちゃん、赤ちゃん、見た?」
あかりちゃんは、少しだけ首を振った。
「まだ」
「まだなんだね」
「パパだけ見た」
お父さんが慌てて言った。
「いや、あかりも病院までは行ったんですけど、時間が遅くて。朝もバタバタしてしまって」
「そうでしたか」
「写真は見せたんです。ほら、赤ちゃんだよって」
あかりちゃんは、さらに下を向いた。
「ちいさかった」
「うん」
「赤かった」
「うん」
「泣いてた」
「うん」
「ママ、抱っこしてた」
その言葉だけ、少しだけ尖っていた。
お父さんは困った顔をした。
「ママは病院だからね。今日はおばあちゃんが迎えに来ると思います」
「分かりました」
園長先生は、お父さんにうなずいた。
お父さんは、あかりちゃんの頭をなでようとした。
けれど、あかりちゃんは少しだけ身を引いた。
お父さんの手が、空中で止まった。
「じゃあ、あかり。パパ、行ってくるね」
あかりちゃんは返事をしなかった。
「帰り、おばあちゃん来るから」
返事はなかった。
お父さんは、少し寂しそうに笑ってから、先生に頭を下げて出ていった。
玄関の扉が閉まると、あかりちゃんはようやく顔を上げた。
「先生」
「なあに」
「あかり、お姉ちゃんになったの?」
園長先生は、すぐに「そうだよ」とは言わなかった。
たぶん、あかりちゃんは答えを知っていた。
知っているからこそ、もう一度聞いたのだ。
「みんなは、そう言うね」
「先生は?」
「先生は、あかりちゃんがまだあかりちゃんに見える」
あかりちゃんは、少しだけ目を丸くした。
「お姉ちゃんじゃないの?」
「お姉ちゃんにもなったのかもしれない。でも、あかりちゃんが消えたわけじゃない」
あかりちゃんは黙った。
その言葉が分かったのか、分からなかったのか、園長先生にも分からなかった。
けれど、あかりちゃんは通園バッグを抱えたまま、靴を脱いだ。
片方の靴が、少し斜めに置かれた。
いつもなら自分できちんと並べる子だった。
園長先生は、それを直さなかった。
その日、あかりちゃんは、朝の会であまり歌わなかった。
いつもなら、誰よりも大きな声で歌う。
歌詞を間違えても、最後まで堂々と歌う。
けれど今日は、口だけが少し動いていた。
隣の子が聞いた。
「あかりちゃん、赤ちゃん生まれたの?」
あかりちゃんは、うなずいた。
「弟?」
「うん」
「いいなあ」
別の子が言った。
「赤ちゃん、かわいい?」
あかりちゃんは、少し考えた。
「分からない」
「なんで?」
「まだ、さわってない」
「写真は?」
「見た」
「かわいい?」
「赤かった」
子どもたちは笑った。
「赤ちゃんだから赤いんだよ」
「ちがうよ。赤ちゃんはピンクだよ」
「うちの弟は、しわしわだった」
「しわしわ?」
「おじいちゃんみたいだった」
先生が少し慌てて止めに入ろうとしたが、園長先生は小さく首を振った。
子どもたちは、自分たちの知っている範囲で、新しい命を言葉にしようとしているだけだった。
きれいな言葉ではない。
正確でもない。
でも、本当だった。
赤い。
小さい。
泣く。
しわしわ。
かわいいかどうか、まだ分からない。
それが、子どもたちの命との出会いだった。
朝の活動が終わると、子どもたちは園庭へ出た。
園庭の隅には、Season1から続く小さな虫かごがあった。
ダンゴムシの虫かご。
落ち葉の下で動く小さな影。
それをのぞく子どもたち。
その横に、もう一つ、透明な小さなケースが置かれていた。
若い先生が、前の日に園庭の葉の裏で見つけたものだった。
小さな卵のようなものが、葉っぱに並んでいた。
何の卵かは、先生にも分からなかった。
虫かもしれない。
違うかもしれない。
もしかしたら、もう生きていないかもしれない。
けれど子どもたちは、それを「たまご」と呼んだ。
「先生、これ、いつ生まれるの?」
「分からない」
「明日?」
「分からない」
「今日?」
「分からない」
「じゃあ、ずっと?」
「それも分からない」
子どもたちは、不満そうだった。
「先生、分からないばっかり」
若い先生は困った顔をした。
「本当だね」
園長先生は笑った。
「命のことは、分からないことが多いね」
あかりちゃんは、そのケースをじっと見ていた。
「これも、赤ちゃん?」
園長先生は、あかりちゃんの隣にしゃがんだ。
「赤ちゃんになるかもしれないね」
「まだ、赤ちゃんじゃないの?」
「うん。まだ分からない」
「でも、たまごでしょ」
「たまごみたいだね」
「じゃあ、中にいるの?」
「いるかもしれない」
あかりちゃんは、ケースから目を離さなかった。
「見えない」
「うん」
「見えないのに、いるの?」
「いることもある」
「いないこともある?」
「うん。いないこともある」
あかりちゃんは、少しだけ怒ったような顔をした。
「分からないばっかり」
「そうだね」
園長先生は、そう言って笑った。
あかりちゃんは笑わなかった。
「赤ちゃんも、分からない」
「弟くん?」
「うん」
「そうか」
「あかりの弟って言うけど、まだ会ってない」
「うん」
「ママは、抱っこしてた」
「うん」
「あかりは、抱っこしてない」
「うん」
「なのに、みんな、お姉ちゃんって言う」
園長先生は、ゆっくりうなずいた。
「急に言われたんだね」
あかりちゃんは、ケースの中の葉っぱを見つめたまま言った。
「お姉ちゃんって、なにするの?」
園長先生は、少し考えた。
「何をするんだろうね」
「分からないの?」
「分からない」
あかりちゃんは、少しだけため息をついた。
「先生、大人なのに」
「大人でも、分からないことがあるよ」
「お姉ちゃんは、泣いたらだめ?」
「泣いてもいいと思う」
「赤ちゃんが泣くのに?」
「赤ちゃんも泣くし、お姉ちゃんも泣く」
「ママ、困るよ」
「困るかもしれないね」
「じゃあ、泣かない」
その言い方が、あまりに小さかった。
園長先生は、すぐには何も言えなかった。
泣かない。
子どもがそう決める時、大人は「えらいね」と言ってしまうことがある。
でも、園長先生は言わなかった。
えらいね。
お姉ちゃんだね。
しっかりしてるね。
その言葉は、ときどき子どもの小さな肩に荷物を乗せる。
園長先生は、ケースの中の葉っぱを見ながら言った。
「あかりちゃん」
「なに」
「このたまご、早く生まれなさいって言ったら、生まれるかな」
あかりちゃんは、首を振った。
「生まれない」
「どうして?」
「まだだから」
「そうだね。まだの時は、まだなんだね」
あかりちゃんは、園長先生を見た。
「じゃあ、あかりも?」
「うん」
「まだ?」
「まだでもいいと思う」
あかりちゃんは、少し黙った。
風が吹いた。
園庭の砂が、ほんの少し動いた。
遠くで、誰かが三輪車を取り合っていた。
「先生、順番!」
「ぼくが先!」
「ちがう、わたし!」
命について話しているすぐそばで、三輪車の取り合いが始まる。
それが保育園だった。
若い先生が慌てて走っていった。
園長先生も立ち上がろうとしたが、あかりちゃんが袖をつかんだ。
「先生」
「なあに」
「あかり、赤ちゃん、嫌いって言ったらだめ?」
園長先生は、あかりちゃんを見た。
その目は、少しだけ濡れていた。
「だめじゃない」
あかりちゃんの口が、少し震えた。
「でも、みんな喜んでる」
「うん」
「パパも、うれしそうだった」
「うん」
「ママも、赤ちゃん抱っこしてた」
「うん」
「あかりも、うれしい」
「うん」
「でも、ちょっといや」
最後の言葉は、砂場に落ちるくらい小さかった。
園長先生は、うなずいた。
「うれしいのと、いやなのが、一緒にいるんだね」
あかりちゃんは、泣きそうな顔でうなずいた。
「一緒にいたら、だめ?」
「だめじゃない」
「ほんと?」
「ほんと」
「赤ちゃん、かわいそう?」
「赤ちゃんは、まだ知らないと思う」
あかりちゃんは、少し驚いた顔をした。
「知らない?」
「うん。赤ちゃんは、まだ泣くのと寝るので忙しいから」
あかりちゃんは、少しだけ笑った。
「忙しいの?」
「たぶん、とても忙しい」
「泣くの、仕事?」
「最初の仕事かもしれないね」
あかりちゃんは、ケースの中の葉っぱを見た。
「たまごも、忙しい?」
「どうかな」
「中で、赤ちゃんになる練習してる?」
「してるかもしれない」
「じゃあ、あかりも練習?」
「何の?」
「お姉ちゃん」
園長先生は、ゆっくり笑った。
「うん。練習でいいと思う」
「あかり、今日からできない」
「今日から全部できなくていいよ」
「ちょっとだけ?」
「ちょっとだけ」
あかりちゃんは、小さくうなずいた。
その日の昼、あかりちゃんは給食を少し残した。
先生が声をかけると、あかりちゃんは言った。
「赤ちゃんも、給食食べる?」
「まだかな。ミルクかな」
「ずるい」
「ずるい?」
「赤ちゃんは、ミルクだけでいいの?」
「最初はね」
「あかりは、にんじんも食べるのに」
先生は笑いそうになって、少しこらえた。
「にんじん、苦手だもんね」
「お姉ちゃんだから食べる」
若い先生が、つい言いかけた。
「えらいね」
けれど、途中で口を閉じた。
園長先生が見ていたからではない。
朝からのあかりちゃんを見ていたからだった。
若い先生は、言い直した。
「無理しなくていいよ」
あかりちゃんは、にんじんを見た。
「でも、赤ちゃんより大きいから」
「大きいけど、苦手なものは苦手だね」
あかりちゃんは、少し考えて、にんじんを一つだけ食べた。
それから、もう食べなかった。
若い先生は、何も言わなかった。
午後、園庭の卵のケースの前に、子どもたちがまた集まった。
「生まれた?」
「まだ」
「遅い」
「赤ちゃん、いつ来るの?」
「あかりちゃんの弟は、もう生まれたよ」
「じゃあ、こっちも生まれればいいのに」
「たまごは、まだなんだよ」
あかりちゃんが言った。
声は大きくなかった。
けれど、みんなが少しだけ静かになった。
「まだの時は、まだなの」
子どもたちは、分かったような、分からないような顔をした。
「ふーん」
「じゃあ、待つ?」
「待つ」
「いつまで?」
「分からない」
「また分からない」
子どもたちは笑った。
あかりちゃんも、少しだけ笑った。
お迎えの時間になった。
その日、あかりちゃんを迎えに来たのは、おばあちゃんだった。
おばあちゃんは、玄関に入るなり言った。
「あかりちゃん、お姉ちゃんになったねえ」
あかりちゃんの顔が、少し固まった。
園長先生は、何も言わなかった。
おばあちゃんに悪気はなかった。
うれしかったのだ。
新しい孫が生まれて、あかりちゃんも大きくなったように見えて、思わずそう言っただけだった。
でも、言葉はときどき、悪気がなくても重くなる。
あかりちゃんは、靴を履いた。
片方の靴のかかとが、うまく入っていなかった。
おばあちゃんが手を伸ばした。
「ほら、お姉ちゃんなんだから、ちゃんと履こうね」
あかりちゃんは、足を引いた。
玄関の空気が、少しだけ止まった。
おばあちゃんは、少し驚いた顔をした。
「どうしたの?」
あかりちゃんは、下を向いたまま言った。
「まだ」
「え?」
「まだ、お姉ちゃんの練習中」
おばあちゃんは、意味が分からないという顔をした。
園長先生は、ゆっくり近づいた。
「あかりちゃん、今日は一日、がんばっていました」
「そうですか」
「でも、急にお姉ちゃんになるのは、少し忙しいみたいです」
おばあちゃんは、あかりちゃんを見た。
あかりちゃんは、通園バッグを胸に抱いていた。
朝と同じだった。
おばあちゃんは、少しだけ黙った。
それから、しゃがんだ。
「そうか。練習中か」
あかりちゃんは、おばあちゃんを見た。
「うん」
「じゃあ、おばあちゃんも練習するわ」
「なにを?」
「お姉ちゃんって、すぐ言わない練習」
あかりちゃんは、少しだけ目を丸くした。
「言ってもいいよ」
「いいの?」
「ちょっとなら」
「じゃあ、ちょっとだけにする」
おばあちゃんは笑った。
あかりちゃんも、少し笑った。
園長先生は、靴箱の横に置かれた小さなケースを見た。
葉っぱの裏の卵は、まだそのままだった。
生まれていない。
変わっていない。
けれど、そこにある。
あかりちゃんは帰る前に、そのケースをのぞいた。
「先生」
「なあに」
「これ、明日もある?」
「あるよ」
「生まれてなくても?」
「うん。生まれてなくても」
あかりちゃんは、うなずいた。
「じゃあ、明日も見る」
「うん。明日も見よう」
おばあちゃんと手をつないで、あかりちゃんは帰っていった。
門を出る時、おばあちゃんが言った。
「病院に寄って、赤ちゃんの顔だけ見て帰ろうか」
あかりちゃんは、少し考えた。
「顔だけ?」
「うん。顔だけ」
「抱っこは?」
「今日は、見るだけでもいいんじゃない?」
あかりちゃんは、おばあちゃんを見上げた。
「おばあちゃん、練習してる?」
「してるよ」
「上手」
おばあちゃんは笑った。
二人の後ろ姿が、夕方の道へ小さくなっていった。
園長先生は、園庭に戻った。
虫かご。
落ち葉。
小さな卵のついた葉っぱ。
斜めに残った三輪車。
砂場に忘れられた赤いスコップ。
保育園には、毎日いろいろな命がやってくる。
生まれたばかりの命。
まだ見えない命。
小さすぎて気づかれない命。
うれしいのに、少しさみしい心。
命が増えることは、ただ場所が明るくなることではない。
誰かの腕の中に、新しい命が来る。
その時、別の誰かが、少しだけ腕の外に出た気がする。
それは悪いことではない。
でも、なかったことにしていいことでもない。
園長先生は、卵のケースをそっと棚の奥へ戻した。
「まだの時は、まだ」
あかりちゃんの声が、園庭に残っている気がした。
その日の夕方、病院の小さな面会室で、あかりちゃんは初めて弟の顔を見た。
赤ちゃんは、やっぱり赤かった。
小さくて、目を閉じていて、時々口を動かした。
お母さんは、ベッドの上で少し疲れた顔をしていた。
「あかり」
お母さんが呼ぶと、あかりちゃんは返事をした。
「ママ」
その声は、朝よりも少しだけ柔らかかった。
「弟だよ」
お母さんが言った。
あかりちゃんは、赤ちゃんを見た。
すぐには近づかなかった。
おばあちゃんも、お父さんも、何も急がせなかった。
あかりちゃんは、しばらく見ていた。
そして、小さな声で言った。
「まだ、練習中」
お母さんは、少し驚いて、それから笑った。
「そっか」
「お姉ちゃんの」
「うん」
「今日は、見るだけ」
お母さんは、うなずいた。
「見るだけでいいよ」
あかりちゃんは、赤ちゃんをもう一度見た。
赤ちゃんは、何も知らない顔で眠っていた。
あかりちゃんが少し寂しかったことも。
みんながお姉ちゃんと言ったことも。
給食のにんじんを一つだけ食べたことも。
園庭の卵がまだ生まれていないことも。
赤ちゃんは、何も知らなかった。
それでも、そこにいた。
あかりちゃんは、お母さんのベッドの端にそっと手を置いた。
「ママ」
「なあに」
「あかりも、いる?」
お母さんの顔が変わった。
疲れた顔のまま、目だけが少し濡れた。
「いるよ」
お母さんは、ゆっくり答えた。
「あかりも、ずっといるよ」
あかりちゃんは、うなずいた。
それから、弟を見た。
「じゃあ、弟もいていいよ」
誰も笑わなかった。
それは、とても小さな許可だった。
でも、その家族にとっては、大きな一歩だった。
次の日の朝、あかりちゃんは少し眠そうな顔で登園してきた。
通園バッグは、肩にかかっていた。
玄関で園長先生を見ると、あかりちゃんは言った。
「先生」
「なあに」
「赤ちゃん、赤かった」
「そう」
「泣いてなかった」
「そう」
「あかり、見た」
「うん」
「抱っこは、まだ」
「うん。まだでいいね」
あかりちゃんは、うなずいた。
それから園庭へ走っていった。
卵のケースは、まだそのままだった。
あかりちゃんは、それをのぞいて言った。
「まだだね」
先生は答えた。
「まだだね」
あかりちゃんは、少しだけ笑った。
「一緒だ」
園庭の朝の光が、透明なケースに入った。
中の小さな卵は、まだ生まれていなかった。
でも、子どもたちは今日もそれを見た。
命は、急がせても生まれない。
心も、急がせても追いつかない。
それでも、見ていることはできる。
待つことはできる。
まだのまま、そばにいることはできる。
日本最弱の保育園は、今日もやっぱり弱かった。
泣く子がいて、靴を間違える子がいて、赤ちゃんに場所を取られた気がする子がいて、先生たちも正しい言葉をすぐには見つけられなかった。
それでも、命を教えたい。
生まれた命だけではなく。
まだ追いつけない心も、そこにいる命として。
第3話「弟が生まれる日」終わり
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!