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第一の真実――「優秀さ」の定義が、組織を壊すことがある



第一の真実――2019年の報告書で、最も逆説的だった数字

販売実績が「優秀」とされた募集人は、全募集人の約1.4%、1,287人にすぎませんでした。

ところが、この少数の優績者が、当時分析対象となった違反疑い事案6,327件のうち、約26%に当たる1,641件に関与していました。

もちろん、この数字には注意が必要です。

「違反疑い事案」とは、顧客の申告どおりであれば法令または社内規則に違反する疑いがある事案であり、すべてが最終的に違反と認定されたわけではありません。

また、残る約74%には、優績者以外の募集人が関与しています。

それでも、全募集人のわずか1.4%が、疑い事案の4分の1以上に関わっていたという偏りは、軽く見ることができません。

問題は、優秀な人が危険だったことではありません。

組織が、何をもって「優秀」と評価していたのかです。

郵便局の営業目標を達成するため、管理者は高実績者に依存しました。募集品質に問題があっても、数字を作る人は厚遇されました。

その結果、不適正な募集手法が黙認される風潮が形成され、不適切な勧誘の話法までが、成功した営業ノウハウとして各地へ伝わっていきました。

販売実績を高めるための自主的な勉強会が、顧客を守る技術ではなく、数字を作る話法を共有する場へ変質した例も報告されています。

本来、組織の模範であるはずの人が、組織の病気を最も濃く映す存在になった。

これは、個人のモラルだけでは説明できません。

結果を上げた人を称賛し、その結果がどのような過程で作られたのかを十分に問わなかった評価制度の問題です。

悪い人が組織を壊すとは限りません。

組織が間違った行動を「優秀」と評価し続けることで、普通の人まで間違った方向へ導かれることがあります。


第二の真実――数字が改善しても、体質が治ったとは限らない

かんぽ生命が公表している「不適正な募集行為」に分類された苦情件数は、次のように推移しています。

年度苦情件数2019年度55,889件2020年度15,045件2021年度5,524件2022年度2,719件2023年度1,759件2024年度1,355件2025年度879件

2019年度から2025年度までに、約98.4%減少しています。これは明らかな改善傾向です。

契約調査や顧客への対応、募集管理の強化、営業制度の変更が、すべて無意味だったとは言えません。

しかし、この数字をそのまま「組織の健康度が98.4%改善した」と読むこともできません。

これらは法令違反が確定した件数ではなく、顧客から寄せられた不満を、申出時点の内容に基づいて分類した数字です。後日の確認によって、契約や募集が適切だったと判断されたものも含まれます。

また、2020年1月から3月には行政処分による保険募集の停止があり、その後も積極的な営業活動は長く抑制されました。

営業量そのものが大きく変化した時期を含む以上、苦情件数の減少が、営業の質の改善だけによって生じたとは限りません。

2019年度には、過去の契約を集中的に調査したことによって、大量の苦情や申出が一度に表面化したという事情もあります。

反対に、顧客が問題に気づかなかった場合、あるいは不満があっても申し出なかった場合、その事案は苦情件数には現れません。

数字は必要です。

しかし、数字には、必ず測定できない部分があります。

「販売実績」という数字を追った結果、不適正募集を見失った組織が、今度は「苦情件数の減少」という数字だけで回復を証明しようとするならば、再び数字に支配される危険があります。

数字だけを治癒判定に使えば、数字を作ることが再び目的になります。


第三の真実――完全な治療には、現在の誰かが損をする

組織の病根を治し切ることが難しい最大の理由は、社員の意識が足りないからだけではありません。

完全な治療には、必ず現実の費用と痛みが伴います。

営業目標を引き下げれば、短期の売上は減ります。

高実績者への依存を断てば、営業成績が悪化するかもしれません。

審査や監査を厳しくすれば、手続は遅くなり、業務効率は下がります。

問題を早期に公表すれば、会社の信用や業績だけでなく、経営陣や監督する側の過去の判断も問われます。

過去を徹底的に検証すれば、やがて、

「誰が、いつ、何を知ったのか」

「その時、なぜ止めなかったのか」

という具体的な責任の所在へ行き着きます。

ところが、改革によって守られるのは、まだ被害に遭っていない未来の顧客です。

改革の費用は現在の担当者が負い、その利益は将来の誰かが受け取ります。

ここに、組織再生を阻む大きな非対称があります。

問題を先送りした人は、短期の数字を守ったまま任期を終えられるかもしれません。

反対に、問題を正直に公表し、売上を落としてでも治療を進めた人は、「業績を悪化させた責任者」と評価される可能性があります。

2019年の特別調査委員会は、不適正募集の実態解明、原因分析、改善策の提言を調査の目的とする一方、役職員個人の責任の有無を明らかにすることは、委員会の役割に含めないと明記していました。

これは、委員会が個人責任を否定したという意味ではありません。

限られた時間の中で、事実関係の把握、顧客対応、再発防止策の提示を進めるため、調査範囲を区切ったのでしょう。

しかし、その結果として、組織的な原因は詳細に描かれた一方、個々の判断者の責任については、この報告書の外に残されました。

「営業目標必達主義」

「リスク感度の低さ」

「縦割り組織」

「問題を矮小化する組織風土」

これらは確かに原因です。

しかし、組織風土は自然に発生する霧ではありません。

誰かが目標を決め、誰かが高実績者を評価し、誰かが苦情を小さく扱い、誰かが問題の先送りを認めた。

一人ひとりの判断、評価、黙認、先送りが積み重なって、組織風土は作られます。

個人の判断責任が十分に検証されないまま、制度の導入状況をもって改善の区切りとすれば、組織は「根治」ではなく、行政上、報告を終了できる状態を目標にしてしまう危険があります。

治療法が分からないのではありません。

治療によって生じる現在の損失を、誰が引き受けるのかが決まっていないのです。


第四の真実――特別な監視の終了は、完治証明ではない

2023年12月26日、総務省と金融庁は、2019年の業務改善命令に基づく報告について、以後は提出を求めず、改善状況を通常の監督・モニタリングで継続的に確認する段階へ移すと通知しました。

これは、監督そのものが終わったという意味ではありません。

まして、行政が「完全に治った」と認定したわけでもありません。

特別な定期報告を終え、通常の監督へ移したという行政上の区切りです。

ところが、その後、2019年の乗換契約問題とは異なる、別種の問題が明らかになりました。

一つは、郵便局において、顧客から事前の同意を得ないまま、貯金の非公開金融情報を、かんぽ生命商品の募集を目的とする来局案内などに利用していた問題です。

保険募集のためにリスト化したと推定される顧客は、約155万人と公表されました。

もう一つは、保険業法上の認可を取得する前に、新商品や商品改定について顧客へ勧誘していた問題です。

2025年に公表された調査では、一時払終身保険199人、学資保険の改定479人、その他の商品改定3人の、合計681人について認可前の勧誘が確認されました。

これらは、2019年の不適正な乗換契約と同じ事件ではありません。

一つの症状が、そのまま再発したと断定することはできません。

しかし、新たな問題の原因分析には、本社の法令理解、現場への指示、現場実態の把握、リスクの認識といった論点が再び現れました。

2019年の報告書が指摘した、

  • 本社と現場の情報伝達の目詰まり

  • リスク感度の低さ

  • 狭義の法令遵守にとどまる姿勢

  • 管理部門による牽制の弱さ

という組織的弱点との共通性を疑わせます。

かんぽ生命自身も、現在の事業リスクの中で、非公開金融情報の不適切利用や認可取得前勧誘の真因への理解を深め、再発防止策の実効性を確保する必要があると記しています。

2019年型の不適正募集は大きく減りました。

制度も変わりました。顧客対応も行われました。営業管理やコンプライアンスの仕組みも整備されました。

それでも、一つの症状を抑えた後に、別の場所から新しい症状が現れた。

その事実は、制度を変えることと、組織が物事を判断する深い習慣を変えることが、同じではないと示しています。

一つの症状を治しても、それを生んだ判断様式が残れば、病根は別の形で現れることがあります。


結び――改革の損失を、誰が引き受けるのか

なぜ、組織は治療を最後まで進めることが難しいのでしょうか。

完全に説明すれば、過去の経営判断だけでなく、監督する行政がどこまで把握し、なぜ早く止められなかったのかも問われます。

徹底した説明は、企業だけでなく、監督する側にとっても、過去の判断の失敗を表面化させます。

しかし、「行政は説明責任が嫌いなのだ」とだけ片づければ、本質を見失います。

より深い問題は、正直に説明し、早く止め、現在の損失を引き受けた人ほど、その時点では大きな傷を負う制度にあります。

改革の費用は現在に集中し、改革による利益は未来へ分散します。

組織の病気が治らないのは、治療法を知らないからではありません。

治療による現在の損失を引き受けた人が、正当に評価されにくいからです。

問題を隠さず公表した人が、「会社に損失を与えた人」として責められる。

無理な営業目標を下げた人が、「業績を落とした人」と評価される。

監査を厳しくした人が、「業務の効率を悪くした人」と見られる。

その一方で、問題を先送りし、表面上の数字を守った人が、任期を無事に終える。

この構造のまま、「社員一人ひとりの意識を変えよう」と呼びかけても、組織の良心は長くは続きません。

必要なのは精神論だけではありません。

短期的な売上を失っても、未来の顧客を守った判断を、正しい業績として評価する制度です。

問題を起こさなかった人だけでなく、問題の兆候を早く発見し、組織にとって不都合であっても止めた人を守る仕組みです。

外部からの特別な監視が終わったとき、組織の良心は自律的に機能するのか。

通常監督への移行を「完治証明」と取り違えず、自ら過去の診断書を読み返し続けられるのか。

短期の数字を守るために、未来の信頼を切り売りしていないか。

その問いに答え続ける仕組みを持たない限り、病根は形を変えて再び現れます。

かんぽ生命の5年間が示したのは、治療が無意味だったということではありません。

治療は行われました。症状も大きく改善しました。

しかし、治療を続けることで生じる損失を、正しく引き受け、正しく評価するところまでは、組織が変わり切れなかったのではないでしょうか。

信頼は、報告書を提出した日に戻るものではありません。

制度を導入した日でも、行政への報告が終了した日でもありません。

「知らなかった」

「現場だけの問題だった」

「必要な制度は整えた」

という出口へ逃げず、都合の悪い事実を語り、判断を修正し続けることで、少しずつ積み直されるものです。

組織の完治とは、問題が二度と起きないことではないのかもしれません。

問題の小さな兆候を見つけたとき、数字や立場を守るのではなく、損をしてでも早く止められる組織になること

そして、止めた人が損をしない組織になること。

そこに初めて、治療の本当の結果が現れるのではないでしょうか。



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