ファンタジーという静かな逃避場所
いつからだったか、私は物語の中に棲むことを、心のどこかで本気で願うようになっていた。
机に肘をついて、読みかけのページに視線を落とすと、世界は少しだけ柔らかくなる。窓の外で風が梢を揺らしているのも、誰かが隣室でくしゃみをしたことも、すべてが遠のいていく。
私はそっと、別の空気を吸い込み始める。そこでは、老いた魔法使いが銀色の羽根で文字を書くし、声を持たぬ竜が、傷ついた少女に寄り添って眠る。
誰にも邪魔されない沈黙があり、やさしくて、壊れやすいものたちが、名前を与えられて存在を許されている。
「現実逃避ね」
そんなふうに言われたことがある。少しだけ笑いを含んだ口調で。
現実はちゃんと向き合うべきもので、逃げるのは弱さなのだと、大人のルールがそう囁く。
でも私は、ただ息がしたかったのだ。
心臓が音を立てるたびに、世界のどこかに、小さく避けられる隙間があってほしかった。
教室の白い壁にも、職場のアルコール臭やコピー機の音にも、息を詰めて同じ動作を繰り返す人々の中にも、その隙間はなかった。
ファンタジーというものは、たぶん、そうした隙間を真っすぐに見つける力を持っている。
たとえば、私が大切にしている一冊の中では、図書館の書架に住む推理作家の複生体(リクローン)がいる。この作品を書いた作家は、刊行当時84歳。図書館という不思議な空間。そこでは、本の表紙をめくると、過去の記憶が水泡のように立ち上り、読む人の頬を優しく撫でていく。誰にも見つからない場所で、読み手と物語はそっと指先をつなぐ。
現実は確かに厳しい。ドアを開ければ、期限や責任や、何を優先するかという判断がすぐに待っている。けれど、ファンタジーは問わない。
「君はなぜそこにいるのか」とか、「本当に価値があるのか」なんて、突き詰めてはこない。
ただ、いていいのだと、ささやかに受け入れてくれる。
私はそれを、逃避とは思っていない。
むしろ、私にとってのファンタジーは、かろうじて心を繋ぎとめるための呼吸器のようなものだった。あまりにも鮮明な現実に晒されると、私はすぐに壊れてしまう。
だからこそ、透明な竜や、口数の少ない魔法使いや、星に住む王子、図書館に棲む推理作家に、助けられてきたのだ。
物語の中で誰かに名前を呼ばれるとき、私はようやく、何者かになれる気がする。現実では透明だった私が、たとえ一瞬でも、意味を持つ存在になれる。
本を閉じて、現実に戻るとき。私の手のひらにはいつも、ほんの少しの熱が残っている。
それは、物語の中で触れた誰かの手のぬくもりだ。そうして、私はまた静かに暮らしていく。
逃げたのではなく、旅をして、戻ってきただけだと、自分に言い聞かせながら。
ファンタジーは、いつもそこにある。
誰にも見えない場所で、壊れた心を拾い集めるように、そっと待っていてくれる。

また私は、「現実逃避」という旅に出る。
つまりは、ファンタジーを書くよということ。
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無職で色無し状態だニャ~ン😭
