真夜中の電話 (ショートショート 短縮版)
彼女はため息をつく。不妊治療で病院へ行く日なのだ。
結婚して数年、夫の憲一は子供を欲しがった。
なかなか妊娠しないので病院で調べてもらう。どうやら卵子が未発達で妊娠しにくいらしい。
治療のため体温を測り、排卵日を教えてもらう。夫は顔をしかめたが
「赤ちゃんが欲しい」と言うと、しぶしぶ頷いた。
1回目は生理が来た。がっかりしたが気を取り直す。2、3回目も彼らは実行した。
なかなか思い通りにいかないと分かり、彼女は心を削られていく。
4月目は生理が来ず、体温も高いままだった。
麻里亜の胸は期待に膨らむ。10日過ぎても生理は来ない。妊娠したかもしれない。
2日後に腹痛があった。嫌な予感がする。トイレへ行くと出血していた。病院へ電話して診察に向かう。
「エコーに胎嚢が見えない。早期流産だろう」
と言われ、衝撃を受けた。
その後処置をしてもらい、痛み止めをもらう。
呆然としたまま玄関の鍵を開けた。すっかり日は暮れていたが、憲一はまだ帰っていない。今夜も仕事で遅いのだろう。
誰かと喋りたい。けれど、彼女に親しい友人はいない。
ひたひたと孤独が押し寄せる。
誰でもいいから、話がしたかった。
衝動的にスマホを出し、適当な番号を押す。繋がらないのでもう一度でたらめに押した。
一瞬沈黙した後、
『ブルルル…』
という音が鳴る。3回目の途中でそれが止まった。
「…はい。もしもし」
知らない男性の声。落ち着いた低い音だ。麻里亜の心は揺れる。
話してみたいという思いにかられたが、迷った末に通話を切った。
けれど、ずっとその声の響きが耳に残っていた。
次の日は1日中ぼんやりしていた。夫は休日出勤で、朝早く出かけていく。
夜になっても彼は帰ってこない。
麻里亜はスマホを手に取った。そしてリダイヤルを押す。
「…もしもし」
昨日と同じ声だった。
波立っていた心がしだいに凪いでいくのを感じる。
彼と話ができたらと思いながら、彼女は切電のボタンにそっと手を伸ばす。
了
以前投稿したものを花澤薫様の原稿用紙二枚分の文芸賞用に改稿してみたんですが、なんか情緒がないな…と思い、ボツにしたものです。
元の作品はこれ↓
この前下書きを見直したら、別に大丈夫じゃない? と思ったので供養します。本当に大丈夫かは分からない。
花澤さんは雰囲気を壊さずに短縮していらして、すごいな…と思いました。少しずつでも近づきたい。
