羊の唄 ショートショート(#一枚の写真から文芸賞)
私のおばあちゃんは、幼少の時山の中で暮らしていた。子供の頃の彼女は体が弱くてあまり外で遊べなかった。お医者さんにも
「激しい運動はしないように」
と止められていたようだ。おばあちゃんのママは心配して、静岡にいるお兄さん(つまりおばあちゃんの伯父)に、しばらくの間空気の綺麗な山に置いてほしいとお願いしたらしい。
伯父さんは結婚していたけれど、そこには一人で住んでいた。それで一緒に生活することになった。
彼は牧場でヤギや羊を飼っていて、その乳や毛を採ったりして暮らしていた。おばあちゃんはヤギ達と走り回って過ごした。
「それで足が速くなったのよ」
と彼女は得意そうに言う。そこでの暮らしは、今まで大きな街に住んでいた頃とは全然違っていた。
おばあちゃんは家族と離れ離れになって、寂しくてずっと泣いていた。けれどそのうち、牧場の手伝いをしたり山を駆け回ったりして、ご飯をたくさん食べるようになる。山の麓にある小学校へ通い、中学からは体が丈夫になってきたので元の家へ戻った。
でも、伯父さんの山の家が大好きで、休みになるとよく行っていたらしい。伯父さんもおばあちゃんを可愛がってくれ、訪ねるといつも歓迎してくれた。
けれど、彼はいつの間にかいなくなってしまう。おばあちゃんがパパやママに
「伯父さんは?」
と尋ねてみても、悲しげな顔をしてただ黙って首を振るだけだ。
その後、風の噂で失踪したらしいと聞いた。彼が住んでいた家は誰もいなくなり、取り壊されてしまった。
***
私が小さい頃、おばあちゃんは山での生活ををよく話してくれた。
「伯父さんの家は屋根裏部屋があって、グルニエって言うんだけど、そこで寝ていたんだよ。
ベッドは干し草にシーツをかけたものだった。
私は窓から星を見ながら眠ったもんさ。いつも夜空を飛ぶ夢を見ていたよ」
そんな素敵な話を聞いて、いいなあと羨ましく思う。
うちは田舎だけど、山も海もない。見渡す限り平地が広がっている。昔は田んぼばかりだったとママは言うけど、開発されてそのせいであまり星が見えなかった。
住む人は多くなったのにベッドタウンみたいになっている。昼間でもがらんとしてなんだか寂しい雰囲気だ。
私はおばあちゃんの家へ行くとアルバムを見せてもらう。ずっしりと重いそれは、モノクロの写真がたくさん貼り付けてある。それが何冊もあって、私はページを一枚一枚めくっていく。
知らない親戚らしい人達や、知らない家の庭の写真がいっぱいある。
「これは私の従姉妹でね。ハナちゃん。隣はその弟のヨウくんで…」
と一人ずつ指差しながら教えてくれる。
おばあちゃんの家に泊まる時は、二階のベッドで寝かせてもらう。うちは布団だけど、おばあちゃんの家のそれはふかふかで、伯父さんの家にいるような気がしてくる。夜にそこで寝転がって窓の外を見ながら、こんなふうに美しい夜空を眺めたのかなと夢想した。
一学期が終わって夏休みになったので、私はどこかへ遊びに行こうとママにせがんだ。一緒にショッピングをしに、街まで出かける。
歩き回っていると、白塗りのおしゃれなカフェがあった。暑くて喉が渇いたので
「ここに入ってみたい」
と言って店へ入る。
道路に面した方にカウンター席が並んでいて、反対側にテーブル席がいくつかあった。一番奥には厨房があり、カウンター席の端に大きめのスクリーンがかけられている。
そこにいろんな街の風景を、プロジェクターで順々に流していた。
レモネードとカシスジュースを頼んで、その映像をぼんやり眺めていた。するとどこかの国の山の風景が映し出される。
真ん中あたりに何階建てかの建物があり、周りに木が茂っている。なんだか見覚えがあるような気がした。
「ねえ、これっておばあちゃんの住んでた山に似ていない?」
私はママに聞く。彼女はスマホから目を離し
「あら、ほんとね」
と言った。
しばらくして、店員さんがオーダーした品を持ってきてくれる。ママはどうも、と言って澄ました顔でグラスを取る。私も手を伸ばしてレモネードにストローを差した。
それを吸いこみながら、山の映像を眺めている。
その光景には誰も映っていなかったけれど、なんだか小さい頃のおばあちゃんがそこで走り回っているような気がした。
私もその景色に入って行けたらと空想しながら、冷たいレモネードをごくんと飲んだ。
了
花澤薫様の催される #一枚の写真から文芸賞 に参加させていただきます。どうぞよろしくお願いします。
↑こちらを拝読している途中なのですが、何から着想を得られていらっしゃるのか考えながら読んでおります。とても興味深いです。どうもありがとうございます。
