見出し画像

マイホーム(じゃない)(エッセイのようなもの)

 中学二年だった時、私は親しくなった友達の家に入り浸っていた。内向的な性格で (今もそう変わらないが)かなり友人が少なかった。
 その頃、趣味(アニメ鑑賞など)が合って仲良くなった子が二人いた。そのうち一人の家が比較的近かった。といっても、徒歩で二十分以上かかるが、毎日のように通うようになった。

 自宅から住宅街を抜けて小さな橋を渡り、見渡す限り田んぼばかりの地平線が見える広い道を少し歩き、右へ曲がると彼女の家はある。
 私の家はごく普通の平屋だが友達の所は少々風変わりで、一階建てだが玄関の隣の、居間の向こう側が印刷所になっていた。
 輪転機りんてんき?や、活字を拾う棚などがあったような気がする。

 その頃は、本に興味はあっても印刷にはほとんど興味がなかったので(今考えるともったいないことをした)そこへは近寄らず、居間のコタツに上がり込んでぼうっとテレビを見たり、友人とオセロをして悔しがったりしていた。

 数年前からうちの家族はゴタゴタしていた。年の離れた姉や兄は高校を卒業すると、すぐに寮つきの専門学校や実家から二つ三つ離れた県の大学に進学してしまい、家には母しかいなくなった。思春期だった私はそれが気づまりで、なるべく帰りたくなかった。
 学校が終わると彼女のところへ行き、お湯で溶かす粉末の甘いレモンティーなどをいただいていた。今思うとかなり迷惑だったんじゃないかと思う。

 寡黙だけど優しそうなお父さんや、はっきりものを言うお母さんは仲がよさそうで、いつも言い争いをしていたうちの両親と全く違っていて羨ましかった。
 けれど、兄妹も特に仲が悪くなさそうなのに数年後にお兄さんは行方知れずになってしまったので、外側からは分からない何かしらの不和はあったのかもしれない。
 その隙間すきまを縫って、長い時間お邪魔して(たまには自宅に来てもらったり泊まっていったりはしたが、猫が数匹いる以外は何もないので居心地は良くなかっただろう)、日が暮れるまで友人のシャム猫達をかまい続けていた。少なくとも、中学の間はずっと通っていた気がする。

 ふとした拍子にインクの匂いがしたり、時々動いている印刷機の音を聞きながら、銀河鉄道のジョバンニはこんな感じの所で活字を拾う仕事をしていたんだろうかと夢想したり、ドラクエやドン◯ーコングのゲームをしている友達のプレイを眺めたりしていた。
 退屈だったけれど、あの時期はそれまで生きてきた中で一番輝いていたと思う。

 彼女も短大を卒業してから上京したので、たまに会ったり年賀状のやりとりをしていたが、だんだん疎遠になってしまった。
 みんなから結婚は早いだろうと言われていたが、一緒に住んでいる彼とはずっと籍を入れず、ついこの間入籍したようだった。今はハムスターを可愛がっているらしい。

 たぶん、彼女の実家へ行く機会はもうないだろうけれど、今でもあの印刷機は回っているのかなとか、ご両親はテレビを見ながら猫達を撫でているんだろうかなどと、ふと思ったりする。
 たぶんあの家は、母1人しか住んでいない実家よりも、懐かしいとすら思える気がしている。
                 了

いいなと思ったら応援しよう!