音は虚空を翔けめぐる…ソニー・ロリンズのゐない地上で
Sonny Rollins逝く。このやうな時の常套句の一つ、「巨星墜つ」。
巨星、おそらくそれに違ひはない。つひにあなたは、「モダン・ジャズの巨人」から「巨星」になつた。鬼籍に入つたから。さう、あなたは「巨星」になり「鬼」になつた。
巨星墜つ。しかし、巨星、いづくにか墜つ。
どこに、どこにあなたは墜ちればいいのか。この迷ひの地上、苦難の巷の、どこに、どこにあなたの楽々と墜ちるべき地があるか。
人は死ぬと、地に潜んで鬼になるか、天に昇って星になる。あなたは、どちらになるのか?両方だ。地に潜んで地を揺るがし、天に輝いて想ひを導く。地の鬼と天の星が怒りの如く烈しい音を交はす。そして、あなたには安らふべき地上が無い。あなたが95年を超えて音楽に苦闘し煩悶しなければならなかつた地上は、今日もそしておそらくは明日も、未だ私たちが音楽での解決を見出し得ない悲しみの世である。
「いつかソニー・ロリンズが死ぬ。」さう気がついた時、腹の底から慄然とし、巨大な寂しさに世界がざくりと割れて黙つたやうな気がして、うろうろと何時間も部屋の中を歩き回つた日があつた。時に、ロリンズは50代半ばを過ぎてゐた。父を含めて何人かの肉親を既に失つてゐたとはいへ、人がいつどのやうに死ぬものかを、未だ私はよく知らなかったらしい。ともあれ、既にあまりに多くのモダン・ジヤズ・ジヤイアンツが世を去つてゐた。バードもバドもモンクもトレーンもミンガスもドルフイーも。アイラーさへもが既にゐない。マイルスは沈黙に入って久しかつた。ロリンズはいつまで生きられるのか。いつまでサツクスを吹けるのか。いつまであの手強いマウスピースを咥へて硬いリードを震はせ続けることができるのか。
ロリンズが死んだ後も、オレはロリンズのゐない世に生きてゆかなければならない。どのやうにして耐へられるだらうか。果たして、ロリンズのゐないこの世に、自分が生き続けることなど可能なのだらうか。「ロリンズが生きてるぢゃないか。あのロリンズでさへ生きてゐるぢゃないか。オレのような人間のどこに死ぬ価値があるか。生きなくてはならない。たとへこの世を救ふことに全く無力だとしても、それでも生きて努めねばならない。ロリンズと一緒に生きなくてはならない。ロリンズが生きて、吹き続けてゐるではないか。オレが生きて応へないでどうする。」
さう思ひ、ロリンズに支へられ、ロリンズと共に生きて来た。ロリンズと共に考へ、ロリンズとともに耐へ、ロリンズと共に闘つてゐた。
ロリンズの知つたことではないが、ロリンズは私にとって世に二人ゐない同士だつた。いつもアルバムを追ひかけ、さあロリンズはどんな問題にどう取り組んでゐるか、私の苦闘とどう交差してゐるかと必死で耳を、いや、頭脳を傾けた。そのロリンズが逝つた。今日だけは、竟に誰のものにもなれなかった、私だけのロリンズの、思ひ出にわがままに耽らせてもらはう。
この世にロリンズを理解してゐるのは自分だけだ。さう思ふやうになるには、さまざまな経緯があった。おそらくそんな思ひ上がりの形成に最も大きく作用したのは、ジャズ・ジャーナリズムの様々なデイスクールだつた。音楽に関してロリンズの取り組んでゐる、さうして他のミユージシヤンたちが等閑に付してゐる、批評家たちがまるで気づかずにゐるらしい根底的な重要問題が、歴然として存在するではないか。そんな私の思ひは、どんなにか錯覚でもあれば、勘違ひでもあつたことだらう。しかし、私は、この地上にロリンズの思想を聴き取つてゐる者が、たつたひとりだが存在してゐることを、何とかしてロリンズに知らせたかつた。さらに、ロリンズが音楽で実践してゐる倫理模索の意義を、何とか言葉に翻訳して、人々の検討に供し、以てロリンズに慰撫と激励を与へたいと大真面目に考へてゐた。
怠惰な私のサボり癖は、これまでに何人もの思想びとを先立たせてしまつた。あなたの理解者がここにゐます、あなたの仕事を私が継承します、と励ましを込めて伝へたい人また人が、ひとりまたひとり、私の仕事を待つことなく世を去つた。ロリンズもまた、存命中に私のプレゼントを届けることは叶はないだらう、さう覚悟して、そのとほりになつた。
人が逝去すると、知り合ひたちは死者の遺族を憐れむ。しかし、遺族にとつては、死んでいつた本人が最も可哀想である。私たちが生きているのにあの人は生きてゐられない。そんなことがあつてよいのか、と。
私はロリンズを悼む。ほとんど、傷む。むしろ痛む。しかし、あの豪快な音をサツクスから出せなくなつてからのサキソフオン・コロツサスの日々は、さぞかし口惜しく歯痒い日々ではなかつたか、と、フアンゆゑのいい気な空想もおさへることができない。サツクスの吹けない身体を失うことは、むしろ彼にはありがたかつたのではないか、と、そんな身勝手な妄想すら湧く。
よかつたね、ソニー、さあ、もうこれからは、天上で、地の底で、そしてこの私たちの地上で、思ふ存分サツクスを吹き鳴らしていいんだよ。さあロリンズよ、今こそ吹け。永遠に、悲しみと怒りとを込めて、私たちの愚かさを吹き鳴らせ。吹き鳴らし続けてくれ。
あの日、私は某会場の最前列でロリンズの凄まじい演奏を聴いた。最後の曲が終わった時、私たちはステージに駆け寄った。私は、額装した広隆寺弥勒菩薩像の写真を差し出した。腰を屈めたロリンズはそれを見て、「アハツ」と声を立てて満面の笑みを浮かべてそれを受けとつてくれた、続いて妻が花束を渡すと、ロリンズは受け取つた花束にそつとキスした。その時の、あまりに可憐な笑顔を、私は忘れることができない。
翌日は場所を移して地方公演が組まれてゐて、私たちはそのチケツトを手に入れてゐた。私たちは翌朝の飛行機第一便で地方都市へ移動し、ロリンズ一行の到着を空港で待つた。その便の全ての乗客が降りてしばらくすると、ロリンズ一行がふらりふらりと徐ろに通路に登場した。地方空港の建物内に既にほぼ一般の客は見当たらず、残つてゐる一般客もロリンズが何者であるのかを知る人はゐないと見え、関心を抱く人はなささうだつた。ゲートにロリンズを出迎へたのは、私たちと、新聞社の案内係ひとりだけだつた。
Welcome, Mr.Rollins!と私は叫んだ。Thank you.と彼は静かに応へた。狭い待合室の中で、ロリンズ一行は暫くぼんやりしてゐる時間があつた。私はロリンズに近づき、もう一度、ステージ上の豪胆激烈な演奏からはウソのようにしいんと静まつてゐるロリンズに話しかけた。
“Nice to meet you! Last night we enjoyed your performance in Shinjuku”
“Oh!”とロリンズは納得した表情になつた,
私は弥勒菩薩像の写真には触れず、ただ妻を差して
“She brought you flower.”とからうじて言つた。flowerの前にせめてsomeか何かの語をつけることはおろか、flowersと複数形にすることすらできないほど舞い上がつてゐた。(後日この場面を、後には某大学の英文学講師になる友人に話したら、「それはしようがないやな」と共感してくれた。)もちろん、そんなことを嗤ふやうなロリンズではない。
“Oh, thank you.”と納得した表情になった。サインをもらへないか、と、用意してゐた色紙を出すと、オーケー、と気軽に我々の差し出した油性ペンを執り、とても丁寧な字体で“Thank you for ’Hana’ Sonny Rollins“ と書いてくれた。
ちょうどマイルス・デイヴィスが長い沈黙を破り”The Man with the Horn”といふアルバムを出してシーンに復帰した頃だつた。そのアルバムでのアル・フオスターのドラムの叩き方が、ロリンズのライヴの時とあまりに違ふやうに聞こえると思つてゐたので、本当はアルに「マイルスのバンドで演る時と、ロリンズと演る時と、あなた自身はどちらが楽しいのか」と尋いてみたい気もした。しかし、せっかくリラツクスしてゐる彼らに小うるさい質問で煩はせるのも憚られるやうにも思ひ、また答へは何となく予想できる気もしたし、第一、尋ねる度胸がなかつた。
私はただロリンズに”We’re looking forward to your performance”まで言ふと、ロリンズが私の意を汲んで “tonight”と力強く続けて補ってくれ、私が狂喜して、“yes, tonight.”と叫ぶと、”OK. Thank you.”と言ひ、大きな手でしつかり私の手を握ってくれた。
この日本公演の時に、私とロリンズの間に、重要な結びつきが出来た。といふのは、私は、ロリンズのある曲の演奏中に、ある決まった2箇所で叫び声を上げて演奏を弾ませるやうに心掛けてゐた。この2か所で声をかけるのは、世界中で私ひとりなので、日本に来るとかういふ聴衆が現れるケースがある、といふのはロリンズにはわかってゐたはずである。そして、この空港で出会った日の夜、同じ2か所での叫び声を聴いたロリンズは、この声の主が、前夜弥勒菩薩像の写真を手渡した男であり、空港で出迎へた男である、とわかったはずなのだつた。彼には、私が何者かはもちろんわかるはずもないが、会場に私のゐることは認識できるやうになつてゐた。
それから数年後に事件が起きた。
某ライヴ会場に、難病のせゐで靴が履けず、スリッパを履いて出向いた私は、油の乗り切ったロリンズの超絶的無伴奏ソロを聴いた。その日の無伴奏ソロは、本当は歴史に残されるに値する本当に物凄い演奏だった。サツクス一本で、駆け上がり駆けくだりねぢれ渦巻き舞ひ上がり緩急自在、続くかと思へば途切れ、途切れるはずの予想を裏切つて音の連射が止まない、天馬空を行く名演だつた。当時、ロリンズの真髄は無伴奏ソロ、との思ひに傾斜して来る日も来る日も無伴奏ソロを聴き込んでゐた私は、その演奏を聴きながらいつしかロリンズと完全に同期したかのやうになり、一瞬大声で叫ぶ、と、その時全く同時に(まるで呼吸を合はせたかのやうに)サックスの音が途切れる、聴衆の息を呑む気配がする、ロリンズのサックスが再び咆哮する、私は耳を傾け、今だ、と大きな声で叫ぶ、全く同時にぴたりとサックスの音が途切れる、またもやサックスの轟音が迸る、聴きながら私は息苦しくなって大きく叫ぶ、まさに呼吸を合はせたやうに、ぴたりとサツクスの音がやむ。かういふ瞬間が立て続けに3度起きた。そのとてつもないソロの最も大きな休止符の入る時に、必ず私の叫び声が入る。流石に3度続くと自分でも鳥肌が立ちさうだつた。そしてつひに4度目にこれが起きた時、ロリンズが歌口を離して唸るが如く二言三言何かを叫んで、割れるやうな拍手喝采に沸いた。
それは、まさにサツクスの巨人ロリンズと私が「共演」できた感激と至福のライヴだつた。そしてこの日も、私は例の曲の例の2か所で叫び声を入れた。しかも会場は、当時の日本公演の会場としては狭く、私の席はステージにかなり近かつた。ロリンズさん!私が来てますよ!と、必ず伝わつたはずであつた。
以後も、私が足を運んだ会場では、私が聴いてゐる、といふ合図をロリンズに送り続けた。
その、驚異の無伴奏ソロの日本ツアーの、次だつたか次の次だつたかの日本公演の前に、雑誌スイング・ジャーナルが、来日を控えてのロリンズのインタビュー記事を載せた。かつては来日前にあまり気勢の上がらない受け答えをしたこともあったロリンズの、そのインタビュー記事に私は目を見張つた。ロリンズは言ふ。
「日本のステージでの、聴衆との独特の交流が本当に楽しみなんだ。」
日本のステージでの、聴衆との独特の交流!これはオレのことだらう、と私は勝手に思ひこんだ。だつて、オレとの掛け合ひ以外に、日本のライヴで他所とちがふ何があるだらうか?と。
当時、もはやロリンズのライヴはおよそ音楽の限界を突き抜けたものと私には感じられた。さまざまな制約から、来日するステージの1回か、せいぜい2回しか聴きには行けないが、何としても聞き逃したくはなかつた。いつまで彼が現役でサツクスを吹いてくれるか、はらはらしながら待つ年月が続いた。彼はステージの終はりにさしかかると「ドーモ、アリガトゴザイマシタァ」といふやうになつた。そして、続ける。「マタ、アイマシヨウ。マタ、アイマシヨウ!」
ああ、よかつた、彼はまた日本へ来ようと思つてくれてゐるんだ、と私は涙を流した。
ロリンズが来るなら、何としても聴きに行きたいが、しかし、彼はいつまであの凄まじい音の演奏を聴かせてくれることができるのだらうか。いつもそれが心配になり、来日が決定する度、今回はちやんと吹けるのだらうか、と毎回気が気ではなかつた。ある年には、2公演続けて、リードミスが出た。私の聴いたステージでは、それまで一度も無かったことだった。もう、そろそろダメなのだらうか、覚悟しなければならないのだらうか、と思はされた。それでも、ただサツクスを咥へて、四分音符を二つほど吹いてくれるだけでもいいから、日本のステージに立つてほしい、と願はずにゐられなかつた。
ロリンズは、私の夢に現れ、私の前で私のためにサツクスを吹いてくれたことが2度あつた。(そのうちの一度は、スーパーマーケツトの駐車場のやうな場所だつた。ロリンズの背後には二、三十人のおぢさんおばさんのやうな人たちがゐて、演奏を聴いてゐる私を見て喜びながら羨んでゐた。)
かつて、ロリンズは語つた。「レスター(ヤング)が死ぬときは、ずつと彼のそばについてゐてやりたいと思つたよ。レスターのやうな偉大なミユージシヤンが、ひとりぼつちであんな惨めに死んでいかなけやならない。ほんたうに悲しかつたよ。」
「ソニー、プリーズ」といふのが口癖だつたといふルシール夫人を亡くしてから既に長い年月が経つてゐる。ロリンズはどのやうに、誰に看取られて旅立つたか、私は知らない。
しかし、ロリンズは、ともかく思ひどほりにならなくなつてゐたであらう、もどかしい身体から解放された。さう、あなたには、まだ解決しなければならない課題があつたはずだ。余人は知らず、少なくとも私は知つてゐる。私のソニー・ロリンズは、死してなほ、吹きたかつた/吹き残した、たくさんのフレーズを吹かなくてはならない。八十歳を超えてなほ、今まで誰も聴いたことのないアドリブの滾々たる噴流を私に届けてくれてゐたロリンズは、身体の束縛を離れてますますアイデアが湧いて飛翔して尽きず、そしてそれ以上にこの地上の人の世の種々相に心痛めてやまぬことだらう。この世を、世の人を、何とかしなくてはならない、私の音色で、と。
かつて平談俗語の只中に中世詩文の理想を夢見た俳人は、旅に病んで夢は枯野を駆けめぐつたといふ。喧騒の巷に身を起こし、大衆の喝采する楽の音の只中に未踏の精神世界の地平を夢見た楽人のサツクスから溢れ出る大きなフレーズがいつまでも虚空を翔けめぐる。
まことに、求道の楽人には死してなほ休息が無い。星といふにはあまりに巨きく烈しい燦爛たる光を放ちながら、世の幸ひを願ひつつそのホーンを奏で続けなくてはならない。そのやたらに苦渋と煩悶の情報量の多い、それなのになぜか澄んだ痛いせつない輝きが今夜も私の胸に降りかかる。降りかかつてやまない。
ごめんなさい、ロリンズさん。あんなにあなたに支へられながら、やはり、当然のやうに、私は間に合ひませんでした。
