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#シロクマ文芸部 影の根、明日の輪郭~短編フィクション小説~

小牧幸助さんのお遊び企画「昨日から」に参加です。

締切は2/25(水)23:59だそうです。よろしくお願いします。

※この物語はフィクションです。

影の根、明日の輪郭

昨日から、私の影が地面に張り付いて動かなくなった。

朝、駅へ向かおうと一歩踏み出した瞬間、足元に強烈な違和感を覚えた。

まるで誰かに踵を掴まれたような、あるいは靴の裏に速乾性の接着剤を塗られたような拒絶感。

振り返ると、私の影だけが寝室のフローリングにべったりと貼り付いたまま、こちらをじっと見つめていた。

本体である私が移動しても、影は昨日の位置から一歩も動こうとしない。

街は相変わらず、機能性だけを追求した硬質な無機質さに満ちている。

ビルの壁面も、行き交う人々のビジネスバッグも、すべてが凍りついたような冷ややかな光を反射している。

その中で、私だけが自分の影という「重石」を引きずりながら、物理的な法則を無視して存在していた。

「時間だけは、生きている」

私は独りごとをつぶやいてみた。

時計の針は淡々と音を刻み、世界は効率よく明日へと更新されていく。

だが、私の影だけは頑なに「昨日」を握りしめている。

この動かない黒い染みは、私がひた隠しにしてきた「痛み」の象徴だ。

周囲のスピードについていけず、内側に溜まった澱を掃き出せないまま、私は自分を騙し続けてきた。

その限界が、この影の反乱となって現れたのだろう。


私は仕事に行くのをやめ、誰もいない冬の並木道に座り込んだ。

アスファルトに定着した自分の影を、一人の観測者として、あるいは鏡の中の自分を覗き込むような眼でじっと見つめてみた。

それは静寂の中で、ひどく孤独な対話だった。

「どうして、動いてくれないの?」

答えはない。

けれど、視線を逸らさずに観察を続けるうちに、不思議な感覚が芽生え始めた。

これまで私は、影(過去の停滞や孤独)を切り捨てるべき負債だと思い込んでいた。

だが、この動かない影は、浮ついた私の精神を現実という地面に繋ぎ止める「根」ではないか。


周囲の人々は、影を軽やかに翻して未来へと急いでいる。

しかし、その足取りはどこか危うく、透き通っているように見えた。

対して、私の影は重く、暗く、泥のように深い。

この孤独な停滞こそが、自分という人間の地層を深め、揺るぎない個としての輪郭を象徴している。

他者と群れず、一人で静かに自分を掘り下げるこの時間こそが、私にとっての栄養だったのだ。

その気づきを得た瞬間、胸の奥にあった硬い氷が、自らの体温でゆっくりと溶け出すのを感じた。

「私は、私のままでいい」

誰かと歩調を合わせる必要も、昨日を無理に消し去る必要もない。

この重たい影こそが、私が私であるための証明なのだ。

そう定義し直したとき、冷たかった指先に微かな熱が宿った。

ふと立ち上がると、あんなに頑固だった影が、スッと私の足元に寄り添った。

もはやそれは引きずるべき重荷ではなく、私の歩みを支える確かな土台となっていた。

しかし世界はまだ冷たく、厳しい現実がそこにある。

けれど、私の内側には自分だけの温かい意味が灯っている。

私は、昨日を抱えたまま、今日という新しい地面を踏みしめた。


 ~ 終 ~


#シロクマ文芸部



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