#まるもりはっぱ春イベント 透明な春~短編フィクション小説~
いつもマガジンに追加してくださっているまるもりはっぱさん。
いつもありがとうございます。
まるもりはっぱさんが企画しているイベントに参加してみますね。
3月7日23時59分までだそうです。よろしくお願いします。
※この物語はフィクションです。
透明な春
春の光がまだ冷たく感じられる朝、透はベンチの上で目を覚ました。
見知らぬ駅前。
灰色の舗道と、まだほとんど蕾のままの桜の並木。
なぜここにいるのか、誰を待っていたのか、どんな暮らしをしていたのか。
何ひとつ思い出せなかった。
ポケットの中には、鍵も財布もない。
ただ白い小石がひとつだけ入っていた。
彼はその石を指の腹で撫でながら、ゆっくりと立ち上がった。
通りすがる人々は、なぜか透を見つめず、彼のすぐそばをすり抜けていった。
まるでそこに、誰もいないかのように。
午後、川べりの道で少女に声をかけられた。
薄桃色のカーディガンを着た少女は、透を見て目をまるくした。
「ねぇ、お兄さん。どうしてそんな顔、してるの?」
「顔?」
「うん、どこか、ここにいない人みたいな顔。」
それから不思議なことに、少女・咲は毎日のように現れた。
花が少しずつ開くのを数えながら、透の話しかけに笑い、彼の沈黙にも付き合ってくれた。
やがて、透の記憶が少しずつ戻り始める。
咲の家の近くの丘の上の桜の木。
そこに、春の初め、誰かと立っていた記憶。
桜の花びらをひとひら手に取りながら、小さな声で祈ったあの人の姿。
「来年も、いっしょに見られますように。」
透は息をのんだ。
そうだ。
あの夜、帰り道で、彼は。
春風が吹いた。
花の香りとともに、彼の足元から身体が薄くなっていくのを感じた。
「咲……僕、思い出したよ。」
桜の下、咲は泣きながら首を振った。
「うそだよ、いるでしょ、ここに。」
透は微笑み、白い小石を彼女の手にそっと握らせた。
「ありがとう。きみが笑ってくれたから、もう怖くない。」
その言葉のあと、彼の姿はやわらかな光のなかに溶けていった。
咲の手の中で、石はほんのりと温かかった。
翌朝、咲の家の庭の隅に、小さな新芽が顔を出していた。
まだ名も知らぬ、その小さな芽の先に、春の陽がやさしく透けていた。
~ 終 ~
あとがき
春という季節には、なぜか「別れ」と「再会」が同時に存在しています。
見えなくなっても、消えてしまうわけではない。
そんな目に見えないつながりを、透と咲の関係のなかに描いてみました。
あなたにとっての春の匂いは、どんな記憶を呼び覚ましますか。
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