「痛みの森を抜けて」#健康を考えることになって
お題に参加します。よろしくお願いします。
夜中の三時、咳で目が覚めた。
呼吸のたびに胸がきしむ。
酸素がうまく回らない。
目を閉じても、苦しさはついてくる。
重度の気管支喘息。
それが、この長い旅の始まりだった。
吸入薬によって発作が少し和らぐ。
しばらくしてようやく深呼吸ができる。
姿勢を変え、何とか朝を待つ。
窓の外の空が白みはじめるころ、ようやく少し息が通る。
その一瞬の“吸う”が、どれほど尊いものかを、そのとき初めて知った。
同じころ、副鼻腔炎を患った。
顔の真ん中が鉄の棒で押されているように痛くて、
仕事中も全くにおいがわからない。
「大丈夫ですか?」と聞かれても、
「大丈夫」と笑うしかなかった。
夜になると、自分の弱さが痛みより重くのしかかる。
健康な自分を取り戻したいのに、
治療しても繰り返す不調に、出口が見えなかった。
二年後。
幸いなことに、適切な検査により、最適な治療法が見つかった。
二年間失っていた嗅覚が戻ったときは泣いて喜んだ。
その冬、出先で転んで手首を折った。
ギプスの白さが、ひどく遠い現実のようで。
指を動かせないもどかしさより、「またか」と落ち込む心のほうが痛かった。
身体ばかり壊れていくようで、未来に自信が持てなかった。
そして一年後。
ようやく手首が癒えたと思ったら
腰から脚へ、雷のように走る痛み。
腰部脊柱管狭窄症。
歩くだけでつらかった。
もう、何度目の痛みだろう。
神様が何かを教えようとしているんじゃないか。
そう思い始めたのは、ベッドで天井を見つめていた深夜のこと。
「痛みは、敵じゃないかもしれない」
心のどこかで、そんな声がした。
転機が訪れた。
ストレングス・ファインダーという自己理解のツールに出会って、人生が変わった。
ありのままの自分で生きていっていいんだと初めて許可することができた。
退職を決断できた。
それからの毎日は、少しずつ変わった。
朝、カーテンを開ける。
風の匂いを吸い込めたら、それだけで合格。
鏡の前で「今日もよく頑張ってるね」と小さく声をかけたり、
できる限り散歩に出たりした。
リハビリを頑張ったときは日記に“自分にありがとう”と書いた。
身体は壊れやすくても、心は思っているより強い。
痛みの波にのまれながらも、
「生きる」という意志がずっと、背中の奥で光っていた。
あの夜の苦しさも、骨が折れたときの絶望も、
いま思えばすべてが「自分を大切にして」と教えるサインだった。
健康は完璧に戻ることじゃなくて、
いまある身体と仲直りすることなんだと知った。
朝の空気のなかで、静かに深呼吸をする。
ほぼ緩解した気管支喘息と副鼻腔炎。
そして手首の骨折の後遺症でしびれがまだ残っている。
そのかすかな組織の痛みの痕跡は、自分を大事にしなさいという傷の記憶となっている。
腰部脊柱管狭窄症は施療によって穏やかに過ごせている。
奇跡のようなご縁によって、平和な毎日が続いている。
今元気でいられることの感謝。
今日という奇跡。
深呼吸ができる奇跡。
匂いがわかる奇跡。
手首が動ける奇跡。
歩ける奇跡。
失ってわかる健康の大切さ。
当たり前は当たり前じゃない。
そして、思う。
痛みの先にも、ちゃんと光があった。
その光は、誰かに見つけてもらうものじゃなく、
わたしの内側から、少しずつ生まれていたのだと。
呼吸を整え、また一歩。
新しい朝を迎えるたびに、
生きているという言葉が、
少しずつ、やさしく響くようになった。

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