(#虹色創作部)夏の川面で、出会いは光る
虹くりっぷさんのお題「納涼」に参加します。
よろしくお願いします!!
ノンフィクション短編小説「夏の川面で、出会いは光る」
蒸し暑い夏の夜。
私は仕事帰りのスーツのまま、納涼船の甲板に足を踏み入れた。
白と淡いブルーのストールを首元に巻き、小さな手帳を鞄に忍ばせて。
息苦しくなった時、私はよくこうして見知らぬ景色に身を委ねた。
川面を渡る風に髪がふわりとなびく。
その涼しさに肩の力が少し抜けた。
甲板には家族連れ、浴衣のカップル、そして大きな風車を抱えた男の子。
不意に、その風車が手を離れて甲板を転がった。
私は反射的に駆け寄り、拾い上げて男の子に差し出す。
「とても綺麗ですね。きっとたくさん回りますよ」と微笑むと、男の子ははにかむように「ありがとう」と小さく答えた。
その隣には50代ほどの男性が立っていた。
白髪の混じる髪、作業着に似たシャツ。
どこか不器用で、でも温かな人柄がにじむ。
「子どもは無邪気でいいですね」と彼は私に話しかけた。
「子どもみたいに、風に心を任せられたら楽なのに」
口にしてから、少し自分でも驚いた。
普段はこんな本音を知らない人に明かすことなどないのに。
「でもね、大人にも風が吹く瞬間は、確かにあるんです」
彼のひとことが、心に引っかかった。
私は保険の営業として、多くの人の人生や将来に寄り添っている。
でも自分自身は、ほっとする隙間もなく走り続けてきた。
「何かを手放したいのかもしれません」
「私も、ずっとそうでした。昔は家族とこの船に乗って、バカみたいに笑ってた。けど、いつしか自分の奥に本音を隠すようになって」
彼はそっと遠くの街の灯を眺めながら続ける。
「でもね、思い出に浸るより、今を生きなきゃと最近思うんです」
私はポケットからノートを出し、ふとページの端に「だいじょうぶ、自分」と書き込み、静かに閉じた。
「自分にそう言えるように、毎日を整えているんです」
「いい言葉ですね」と彼は頷き、穏やかに笑う。
船上では老詩人が一節の短歌を詠んでいた。
"夏の川 知らぬ隣と 風を読む"
甲板を走る子どもの声、氷を削る音、浴衣の袖が翻る気配。
そんな些細なことが、一つずつ胸に積もっていく。
やがて空は群青色に沈み、港の近くで船が速度を落とした。
その時だった。
ドン、と夜空に花火が上がった。
大輪の光が川面に映り、冷たい風が頬を撫でる。
「綺麗」思わず吸い込んだ言葉に、隣の彼も小さく「こんな夜も悪くないな」と漏らした。
花火が次々と咲き乱れ、光の残像が心に刻まれる。
希望や迷い、後悔や願い。
どれもが一瞬、明るく照らされる気がした。
私はふと思う。
「人はひとりじゃない。偶然の出会いが、私たちの未来を少しずつ温かくしていく」
その夜空の下、私の胸にもまた、小さな灯火がともった気がした。
「一瞬の優しさが、人生を動かすこともあるんですね」
帰り際、私は彼にそう告げる。
彼は「あなたも、その一人ですよ」とそっと答えた。
岸が近づき、船はゆっくりと港に戻る。
私は歩き出す。
明日もまた、自分や誰かに「だいじょうぶ」と言えるように。
空にはまだ、花火の残り香が漂っていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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