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たかっちさんの#300note祭りに参加!短編小説~芽吹きの300日目

短編小説~芽吹きの300日目

※この物語はフィクションです。


「毎日、水をあげてごらん。
300日目に、なにかが起きるかもしれないよ」

そう言って、小さな種を手渡してくれたのは、林先生だった。

大学時代、国語の授業で「言葉の根っこを大切に」と教えてくれた恩師。

定年退職の挨拶で、最後に渡されたのがこの種だった。


指先にのるほどの、目立たない種。

私はそれを、小さな鉢にそっと埋めた。

アパートの窓際、朝日が一番に差し込む場所に置いて、次の日から、静かな実験が始まった。

一日目。土は、ただの土のまま。

二日目も、三日目も、変わりはない。

それでも私は、歯みがきと同じように、水やりを日課にした。

締め切りを逃した夜も、
原稿がボツになった朝も、
「ライターなんて向いてない」と自分を責める夕方も。


「とりあえず、今日の分の水だけはあげておこう」


眠る前にそうつぶやきながら、コップ一杯の水を運ぶ。

鉢の中は静かで、返事はない。

それでも、少しだけ心が落ち着くから不思議だった。


100日を過ぎたころ、同期のライター仲間が笑いながら言った。

「美穂って、ほんと真面目だよね。
まだ芽も出てないのに、よく続くなあ」

「うん、自分でもそう思う」と笑い返しながら、
心のどこかで、小さくざらつくものを感じていた。

「この種、本当にただの石ころだったらどうしよう」

200日を超えたあたりで、そんなささやきが何度も顔を出し始める。

林先生はどういうつもりで、この種を渡したのだろう。

「言葉の根っこ」の授業を思い出すたび、
あの穏やかな眼差しが恋しくなるのに、答えを聞くことはもうできない。


250日目の夜。

疲れ切って帰ってきた私は、鉢の前でしばらく立ち尽くした。
水をあげるかどうか、迷ったのだ。


「こんなことに、意味なんてあるのかな」


そうこぼした瞬間、自分でハッとした。

この問いは、種に向けたものではなく、自分自身に向けたものだった。

300日続けると決めたのは、誰でもない、私だ。

「意味があるかどうか」ではなく、「続けると決めた自分」を、ここで手放したくなかった。

「わかった。文句は300日目に言うから。今日は、あげる」

そう言って、また一杯の水を注いだ。


そして迎えた、300日目の朝。


目を覚ます前から、窓の向こうがいつもより明るい気がした。

カーテンを開けると、やわらかな光が部屋を満たしている。

鉢のほうに視線を向けて、私は息をのんだ。

土の表面が、少しだけ盛り上がっている。

ひび割れたその隙間から、細い、淡い緑の線が一本、のびていた。

「…出てる」

思わず声に出していた。

涙がこぼれるほどの大事件ではない。

けれど、300日分の静かな祈りの重みが、その一本に全部つまっているように見えた。


たった数ミリの芽。
それなのに、世界の色が少し変わって見える。

林先生の言葉が、耳の奥でよみがえる。

「毎日、水をあげてごらん。
300日目に、なにかが起きるかもしれないよ」

あのとき、私が植えたのは、本当に「種」だけだったのかな。

気づく。

土の中で、じっと息をひそめていたのは、諦めない心そのものだったことに。

締め切りを逃しても、ボツを食らっても、
それでも「今日だけは水をあげる」と選び続けた私の、小さな選択たち。

芽が出たのは、種だけじゃなかった。

300日目に、ようやく静かに芽吹いたのは、
「何度転んでも、また立ち上がっていい自分」を信じる感覚だった。


「これから、よろしくね」


私は芽にそっと声をかけた。

301日目も、302日目も、その先もずっと。

この小さな鉢に水をあげるたび、
自分の中の、あの小さな灯りにも、水をあげ続けようと思った。

300日目の種は、確かに芽が開いた。

その小さな緑は、私の選び続けた300日の、最初の笑顔だった。


 ~ 終 ~


#300note祭り


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