#シロクマ文芸部 土はすべてを覚えている~短編フィクション小説~
小牧幸助さんのお遊び企画「晴れた日に」に参加です。
締切は3/11(水)23:59だそうです。よろしくお願いします。
※この物語はフィクションです。
亡くなって三年経つ祖母から届いた、一通の手紙。
その便りは、過去でも未来でもない「今」へと、私を静かに導いてくれた。
これは、風の中で受け取った手紙の物語。
土はすべてを覚えている
その日は、まぶしいほどの晴天だった。
アパートのポストを開けると、古びた封筒が一通。
差出人の名前を見た瞬間、息が止まった。
渡辺八重。
祖母の名前だった。
祖母が亡くなって、もう三年。
封筒の消印は、三年前のその日付になっていた。
背筋に冷たいものが走ったが、封を切る手だけは自然に動いた。
便箋には、ゆるやかな字でたった一文だけ。
「庭の柿の木を、泣かせちゃいけないよ」
妙に懐かしい墨の匂いがした。
大学が春休みに入り、私は久しぶりに故郷へ帰ることにした。
母には何も言わなかった。
祖母の家に足を踏み入れたのは、あの日の葬儀以来だ。
家は静まり返っていた。
障子に陽射しがにじみ、畳の匂いが昔のままそこにあった。
庭に出ると、柿の木は枝のあちこちが枯れかけていた。
祖母がいつも剪定していた脚立が、錆びたまま壁に立てかけてある。
泣かせちゃいけないという言葉が胸の奥でひっかかる。
木が泣くなんて、どういう意味だろう。
私は軍手をはめて庭の草を抜き始めた。
枯葉の下から小石や虫の繭、錆びついたスコップが顔を出す。
土の匂いが手につき、心が少しだけ軽くなる。
夢中で枝を整えていくうちに、木の姿がはっきり見えてきた。
その夜、納戸を整理していると、古い引き出しの奥からもう一通の封筒が出てきた。
宛名は私。
消印はない。
封を開けると、祖母の字で書かれていた。
「風が止んだとき、音を聴きなさい」
読み終えた瞬間、外の風がふっと止んだ。
虫の声も、時計の音もぴたりと静まる。
代わりに、耳の奥に懐かしい鼻歌が流れてきた。
子どものころ、眠れない夜に祖母が唄ってくれたあの子守歌。
導かれるように縁側へ出る。
月明かりが庭を包んでいた。
柿の木の根元が、かすかに淡く光って見える。
近づくと、そこだけ土が柔らかく盛り上がっていた。
手で掘ると、小さなブリキ缶が出てきた。
中には、古い写真とメモが一枚。
写真には、若い頃の祖母が笑っていた。
膝の上には幼い私。
メモには、こう書かれていた。
「もしあなたが未来を迷うとき、この木に話しかけなさい。土はすべてを覚えているから。」
文字をなぞった瞬間、視界がにじんだ。
不意に風が吹き、頬に触れた風が涙の温度をやさしく拭う。
まるで「それでいいんだよ」と囁いているようだった。
翌朝、庭に出ると、柿の枝先に一輪の白い花が咲いていた。
柿に花が咲くことは知っていたけれど、こんな小さな花を私は初めて見た。
見上げた空はどこまでも澄んでいた。
その瞬間、祖母が見せたあの微笑みと同じぬくもりが、胸の奥に灯った。
晴れた日に、祖母の手紙が届いた。
あれはきっと、風の中にまぎれた手渡しだったのかもしれない。
~ 終 ~
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