短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(9) 東京砂金列車しゃんしゃん
これまでのエモ山👇
「利害関係調査委員会」の面接で、沼田ミソギとニックが俺にどんなことを聞きどんなことを答えたか。
思い出せない。
いくつかのやりとりはあった。沼田が尋ね俺が答える。沼田がまた尋ね俺が答える。
沼田がニックに何かささやいて、ニックが俺に何か尋ねる。
俺が答える。
覚えてない。
なぜ覚えていないのかというと、その質疑応答が予想通りだったからだ。
俺が予想したんじゃなく俺のアパートにいる女がすべて「考えて」くれた。
女の予測は的確だった。
アパートの女の作った模擬質問がまんまのまま沼田の口を借り、沼田の声で再生された。俺は俺の口を使い女がつくった回答をまんまのまま答えた。
金がないから徒歩で行く。金がないから時間を使う。
それと同じだった。
つまりここでの情報量はゼロ。
ひゅうひゅうと、時間だけが高速で走り過ぎていった。
階段を一気に上がってきた俺も、ひゅうひゅうと肩で息をしていた。
俺たちはことばをやりとりした。
誰がやっても同じ対話をわざわざ行った。
俺たちの奥座敷にはそれぞれの女がいて女同士はつながっている。
ことばの大奥。
俺たち肉体はその上がり框にて、空虚なことばを投げ合った。
意味もよく知らぬ美辞麗句を鈴にして、しゃんしゃん歩く馬と鹿。
資本のない自我は空洞だった。
俺は腹をすかしていた。
俺は金を稼ぐために面接を受けていた。
肉体を維持するのに金が必要だった。
俺のハアハアはいつまでも終わらなかった。
「コピペです」
肩で息をする俺に沼田ミソギは言った。
「要するに、あなたのお仕事は、コピペ」
「コピペ?」
「わたくしども『利害関係調査委員会』は、現代の対人関係の問題を合理的に解決する民間組織でございます」
沼田は答えた。
「どんどんどんどん複雑化していく対人関係の諸問題を、理によって整えること。それがわたくしたち『利害関係調査委員会』の主旨でございます」
「理によって?」
沼田の横でニックが口を開く。
「湧いてくることばたち」
ニックというわりに、ニックっぽくない男だった。
「僕たちはね、IT関連なんです」
「はあ」
「IT関連は、ことばだらけなんです」
「それを」
俺は尋ねた。
「コピペするってことですか?」
沼田が黙ってうなずいた。
ニックも黙ってうなずいた。
「コピペ…」
ささやいた俺の心臓は、まだバクバクしていた。
もしかすると病気でもあるんじゃないかと不安になるほどだった。
「コピペです」
沼田がもう一度言った。
「あなたのお仕事は、他人の書いたものをコピペして、AIに食わせること」
「食わせる?」
「AIは、ことばがだああい好き。だけど」
沼田が小首をかしげた。
「人間は、考えるのが、だああい嫌い」
沼田の横で、ニックが静かに笑ってつけくわえた。
「選ぶのは、スキなんですけどな」
ニックのことばに沼田がうなずいて、言った。
「考えるのが、だああい嫌いな人間は、AIに、供物をささげる」
俺は眉をしかめ訊ねた。
「くもつ?」
沼田が黙ってうなずいた。
ニックも黙ってうなずいた。
「つまり、模倣ですな」
ニックが答えた。
「ネットワークに日夜湧いて出てくることば。ブログやツイート、小説やエッセイを、コピペする。AIに食わせる。食わせる。食わせる」
何がおかしいのか、沼田がくすくす笑った。
ニックもクスリと笑い、遠くを見ながら言った。
「どんどん食います。昼も夜も。盆暮れ正月も」
「ねえ」
沼田が笑いながら合いの手を打った。
「だああい好きなのよ」
しかし俺にはどうしても納得いかないところがあった。
AIに言葉を食わせることが、どうして利害関係を調整することになるのだろう。
「それが、その『利害関係』の整理に、どうかかわるんですか?」
俺が尋ねると、そのことばと同時に沼田の顔から笑みが、しゅっと消えた。
「やだわ」
ニックに頭を寄せてささやく。
「どうしてわからないのかしら」
沼田のささやきに応えるように、ニックは怪訝な目を俺に向けた。
「わからないですか」
ニックが俺に言った。
俺はうなずいた。
ニックは言った。
「みんなのものにするためですよ」
「みんなのもの?」
「分け合うんです。シェアするんです」
「シェア…?」
「アノニマイズ、無個化です。他人の創作ブツを、僕のものにする。あなたものにする。著作権を、窒息させる」
「…窒息?」
「ええ、窒息」
沼田が大きくうなずいた。
「そのあとバラバラにして、溶かし、東京湾に流します」
俺の心臓が、アラートを伝えていた。
なんかちょっとおかしなとこに来ちゃったかなー、なんて。
灯篭を流すわけではない。
精進を送るわけではない。
著作権を流すらしい。東京湾に。
バラバラにして、溶かしてから。
供養ではない。処理である。
俺は笑った。
おかしなとこに、来ちゃったな―。
笑ってから言った。
「まるで、あれですね。あれ」
ああ、笑うと酸素が心臓に入る。
「あれですね」
「ええ、あれと同じです」
沼田がにっこりした。
「サステナブル」
50円玉を拾ったあの夜から、俺は50円玉の円環に閉じ込められて出られなくなっているようだった。
俺はおかしくってたまらなかった。
輪廻が。
歯車が。
俺は歯を出して笑うハツカネズミだった。
まだ笑っている俺に、ニックが身を乗り出し尋ねた。
「できますか?」
俺は笑いながら答えた。
「できます!」
その後、俺はニックの案内で、湾岸に連れて行かれた。
面接が終わったらすぐ帰れると思っていたのだが、話は違うらしかった。
俺はもうすでに採用され、湾岸にある「ガリラヤ倉庫」という場所で、これからコピペ業務というやつをすることになるらしかった。
笑いによって落ち着いた俺の心臓は、今度は緊張に強ばり始めた。
なんといっても初めての場所は怖い。
友達が、できるだろうか。
みんながワイガヤとくっちゃべっている中で、こっそりランチを食うのが怖い。
底意地の悪い先輩に見つけられ、早々に弱みを握られたりしないだろうか。
底意地の悪い先輩に、意のままに操られたりしないだろうか。
底意地の悪い先輩に、低能で下劣ないたずらをしかけられたりしないだろうか。
考えただけで喉はつまり、俺の目の奥は熱くなった。
神よ。
O井町駅からの送迎ワンボックスカーに揺られながら俺は、窓の外に目を向けた。
どんどん遠くへ連れて行かれる気がした。
ワンボックスの狭い窓から見えたのは、赤さび色や黄さび色のコンテナや、サーカスみたいなしましまの巨大クレーンだった。
箱型の建物の間にときおりきらりと光るのは海だろう。
俺はその海のようなものを目で追った。
箱型と箱型の間にとぎれとぎれに見える光を、飛び飛びに追いかけた。
そして祈った。
神よ、お願いです。
人間は、残酷なのです。
どうかお願いです。底意地の悪い先輩だけは、おつくりにならないでください。
神が俺になにも応えなかったのは、聞き逃しか、それ以外か。
ワンボックスカーは、灰色の建物の前で停まった。
灰色の、箱型の、巨大な建物の壁にはうっすらと魚のペンキ画が見て取れた。
建物の上方には「ガリラヤ水産」という白い文字。
「もとは魚の冷凍庫だったんですよ」
建物を見上げる俺にニックが言った。
潮のにおいのする風が吹きぬけていった。
仕事にはいる前に、俺はまず、入館証を作らねばならなかった。
その時になって俺は、はたと気づいた。
なんか、もやもやした。
日給3万円、という文字に惹かれ「3万円がもらえる」と思ったから応募した仕事だが、むこうは3万円トッパライだけで済ます気はなさそうなのだ。それが入館証の登録という作業の根拠だと思う。たかだか8時間滞在するだけのために登録作業が必要なのだ。これは俺を逃さないむこうの意志なのではないだろうか。
ごちゃごちゃ考えてないでさっさと登録すればいいのだが。
登録くらいならいくらでもしてやればいいのだが。
「あ、名前はね、匿名でいいです」
登録書類を前に、ペンを握って固まる俺にニックが言った。
「うちはみんな、匿名ですから」
いつの間にか首からぶら下げていた自分の入館証を、ニックが俺に見せてきた。
ニックの入館証には「ニック」とだけ記されていた。
顔写真もない。
「いいんですよ」
ニックは笑顔で言う。
「うちは個人を尊重してるんで」
たしかに応募時も、履歴書不要だった。
「身元を保証させなくて、いいのですか?」
俺が尋ねると、ニックは手をひらひらさせて答えた。
「自称が嘘ということもあるでしょ? 嘘、つき放題。今は」
ニックはにやりした。
「ま、嘘ついても、全部わかっちゃいますけどね」
そのあと合掌し、軽く首を傾げ、監視カメラを仰ぎ見たニックのしぐさが、俺には祈りのように見えた。
「じゃ、エモ山さんね」
俺の首に入館証をかけながらニックが言った。
「さっそくお仕事に、入りましょうね」
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