短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(31) 光り輝く神秘のオトコ
エモーショナル怪人 エモ山 これまでのおはなし
神秘とか奇跡だとかについて俺が、どう考えているのかといえば、
そういう不思議な事象って、ちょっと信じちゃってるところも無きにしも非ずなんだけど、
しかし俺は思う。
神秘とか奇跡だとかは、それ単体では存在しないと思う。
俺はね。
俺は天才少年だったころ、そう思った。
サピックスからの帰り道、かたこと揺れる電車の中で、天才少年エモ山クンは、チルチルミチルの青い鳥を読んでいた。
「ああ神秘というものが、『どこかにある』とかじゃないんだなあ」
小学生、天才少年エモ山クンは、ふっくら太った手で本を閉じながら、そう思った。
そして天才少年エモ山クンは、電車の中にいるオトナのヒトタチを眺めた。
みんな疲れていて、ちょっと酔っぱらってたり、半分眠ったり、窓の外を眺めたり、スポーツ新聞を細くたたんでエロ記事なんかをのぞき読みしていた。
みんな、家に帰りつくまでの道のりを、黙って耐えていた。
「ああ奇跡というものが、『どこかにある』とかじゃないんだなあ」
天才少年の目は、その光景を、そう見た。
そして今、俺が、神秘とか奇跡だとかについて、どう考えているのかといえば。
エンタメとしてならありうると思う。
それは、映画とか漫画とかパチンコとかが、「気分がいいとむっちゃおもろい」、「気持ちが落ちてるとおもしろくない」、「なんでむかしはこんなのを喜んでいたのだろう」などと、感じてしまう瞬間があり、ともすれば依存、とかもありうるのと同じだと、俺は思う。
定義のオセツのしかたによってはクッソみたくつまんなく思えちゃう場合もあるのと同じだと。
俺は思う。
俺はね。
でも驚いた。
俺はね。
目の前に金色に輝く男がいたからだ。
時計の針は、午後を指していた。
金色の男は、プール室の入口に半分体を隠すようにして、こっちを覗き込んでいた。
あ、これもしかして、あれかな、って、俺は思った。
だから俺は、金色に輝く男に、軽く頭を下げた。
「あ、おはようございます」
金色の男は、俺をじいっと見つめたまま、なにも応えなかった。
男は、金色に輝きながら、プール室の入口に手を添え、なにか言いたげに、俺をじいっと見ていた。
まるで、そこに手をくっつけてないと、建物自体が壊れるか、自分自身が壊れるか、とでも思っているように。
崩壊を防ぎながら、それでも俺を見ずにはいられない、そんな風に見えた。
だから俺は、金色の男に、ひとつうなずいて見せた。
大丈夫だ、と。
それから俺は、プール室の端っこに置いてあるタモロッカーのところにいって、タモをもう一本掴み出し、金色の男のところに行った。
金色に輝く男に、俺は黙ってタモを差し出した。
金色に輝く男は、しばらく俺の目を見ていた。
そして、俺が差し出したタモに目を落とした。
顔をあげ、もういちど、俺を見た。
俺は金色に、うなずいて見せた。
大丈夫だ、と。
金色が、入り口にくっつけていた手のうちの片方が、そっと動いた。
金色の指が、震えながらタモに伸びてきた。
金色に輝く男は、ピアノの鍵盤にでも触れるように、タモの柄に指先を当てた。
指先が、タモの柄の表面を這い、滑り込ませるみたいに柄をつかむ。
力は強かった。
俺はタモから手を離し、金色に背を向けて、男を促すように、いつも通りであることを示すように、プールサイドへと歩いた。
俺はプールにタモをひたした。
浮いてきた砂をすくいあげ、振りかぶる。
しぱぴんっ。
いつも通り仕事をしよう。
しぱぴんっ。
これまでと、なにも変わらない。
しぱぴんっ。
人間は、見た目ではない。
何度目かのしぱぴんで、振り返ったとき、金色の男が、プール室に足を踏み入れるのが見えた。
しぱぴんっ。
金色の男が、タモを手に、プールへと近づくのが見えた。
しぱぴんっ。
俺はいつも通りだ。
俺はいつも通りだ。
金色に輝く男が、プールを覗き込んでいた。
俺たちは、これまでと、なにも変わらない。
俺からは、なにも聞かない。
たとえ、金色であろうとも。
プールの水は少し波立っている。
俺はタモを、なるべく遠くに着水させようとする。
遠くから遠くから、砂を集めようとする。
その行いが、なにを意味するかはわからない。
あまね君は言っていた。
「主体のないものが、主体のないものを“承認”する」
それは、逆もありうるんじゃなかろうか。
「主体のあるものは、主体のあるものを”承認”できる」
しぱぴんっ。
しぱぴんっ。
金色が、タモの先をそっと、水に入れた。
きっと怖いのだろうと俺は思った。
そうだきっと怖いだろう。
あんなことがあったのだ。
しぱぴんっ。
金色が、タモで水をすくう。
俺はしぱぴんの手を止めて、金色男がつかうタモの先を見つめる。
金色男のタモには、灰色の砂がはりついて、その重さに男はよろけ、俺は駆け寄って、男の腕を支える。
金色の男が、タモの網を見、それから俺を見た。
金色男の目は、見開かれ、少しうるんで見えた。
俺は男の腕に手を置いたまま、うなずいてみせる。
大丈夫だ、と。
「ういーーーーーっす」
声がして、振り返ると、プール室入り口から、男が入ってきた。
ぴかーーーん。
ニックだった。
ニックはうなじをごりごり揉みしだきながら言う。
「もーうちょっと休みたかったんだけどなあー」
それは、これまでと、なにも変わらないニックだった。
俺は金色男の腕から、すっと手を離した。
びったんびったんと、スニーカーを踏み鳴らしながらニックが近づいてきた。
「おう、エモ山!俺のタモ取ってこいや」
ニックだ。
「言われる前にやれや」
ニックだ。
俺は金色男をそっと見る。
ニックに振り返る金色男を、横から眺める。
金色男がこっちを見る。
俺たちは、目を合わせ、そして俺は目をそらし、遠くを見る。
からん。
横で大きな音がして、タモが一本、床に落ちた。
ひたひたひたひたひたひたひたひた。
と、なにかが走り去る音。
その音が聞こえなくなるまで、俺は遠くを見ていた。
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