04本当の僕とは
哲学的な問い、本当の僕とは。
あ、みなさんこんにちはこんばんは。
初めましての人は初めましてお久しぶりの人はお久しぶりです。
私は松尾奏和と申すものだ。
今日は哲学的だ(2回目)
誰も興味ないかもしれないが、僕について深掘りしてみようと思う。
僕は変な人間なのか普通の人間なのか
僕は自分のことを比較的、いやかなりまともな人間だと思っている。
人を殺めたことも殴ったことも蹴ったこともないし、ギャンブル中毒でもアルコール中毒でもない。
センスというやつも、持ち合わせていないだけで変ではない。
でも、周りの人は僕のことを変な人間だと言う。
まぁ言われてみればそうだ。
まともな人間は自分で自分のLINEスタンプは作らないだろうし、変なゴーグルをかけて街をぶらぶらもしないだろう。
だから変な人間だと言われても、そりゃそうだ、と言いたくなる。
でも、僕は普通の人間なのだ。
変な人間に憧れた凡人なのだとゆー話
本来、僕は普通の人間だ。
社交性は比較的高かったし、発達も比較的早かったらしい。
だが、本来変な人間ではない。
僕が変な人間になったのには、いくつか理由がある。
今日はそれを話そうと、私は筆を取りった。
(このセリフが言ってみたかっただけ)
エレクトーンと歴史が大好きな人間だった
まず僕は、小学校低学年の間ずーーーっと音楽をしていた人間だった。
エレクトーンという楽器を習っていたが、それにガチってたわけだ。
それと、真田丸という大河ドラマに魅せられ歴史が大好きになった。
エレクトーンの休憩時間には歴史番組を見ていた。
おかげでエレクトーンは上手だった。何回かサインをせがまれたこともある。そんなものは持ってない。ごめんね、と言って、代わりに友達になった。
でも、今思うと当時の僕は努力を努力と思ってなかった天才だったなと思う。頑張ったことが記憶にない。
この記事を書くために、どんくらい練習してたんだろうと思い出そうにも、練習しているのがデフォルトすぎて、日常すぎて思い出せない。
おかげで僕の「努力する」と言うのは非常にハードルが高かったりする。
話を戻そう。
別に、友達と一切遊ばなかったり、練習のために、歴史のために学校に行かなかったりしていたわけではない。
でも、明らかに周りの友達より遊ぶ回数や時間は少なかったと思う。
そんな中で、周りの価値観、ノリ、流行り、そんな感じの色々を知らずに育った。
みんなが友達とゲームをして、YouTubeを見ている間、僕はエレクトーンを練習し、歴史について勉強していた。
さらにイツメン!みたいなめっちゃ仲良くていっつもその子達と遊ぶグループみたいなのも別にいなかった。あ、勘違いしてほしくないが、仲良い友達はたくさんいた。元から社交性高かったし。
そんなこんなでスクスクと成長した松尾少年は、ちょっと浮いた存在になってしまったわけだ。
そして燃え尽きた
そこに最悪の出来事が起こる。いわゆる燃え尽き症候群というやつだ。
エレクトーンが嫌になった。小学校四年生の時の話だ。
当時はYAMAHAという文字すら嫌だった。
旅行中にYAMAHAのバイクのお店が見えて吐きそうになったのは今でも覚えている。
それまで天才と言われてた松尾少年は、今までの落差にしんどくなり、期待してくれていた周りの人が落胆してるんじゃないかとか考え始め、辞めたいけど申し訳なく感じやめられなくなり、逃げ込むようにロボット教室に通い始めた。今となっては大正解だが、当時はしんどくて大変だった。
しかもその頃から、同級生は攻撃的になった。
多分だけど、人間その時期は不安を感じ始めるんじゃないだろうか。
数万年前、人間が文明を持つ前、その年から人間は、独り立ちを始めたのではないだろうか。
今まで自分たちを守ってくれた親がいなくなる、子供から大人になる。
だから、少しでも自分たちの身を守るため、いろんな手段を取ったのだろう。
その本能が、残っているのではないだろうか。
ここで、非力で足が遅い人類がとった行動は、チームを作ることなのではないだろうか。
一人から二人、三人と。
そして、チームを作るために「敵」を作るようにした。
ソリが合わなくても、嫌いなやつでも、敵を作ればチームになれる。
叩く目標を決めて、そいつへの敵対心でチームをまとめる。そいつがみんなの中での敵である限り、チームは崩れない。みんながそうして敵を作った。
明治初期の日本と同じでだ。
西洋諸国を「敵」にして、それに対抗するために国でグループになる。
考え方は同じだ。そして、日露戦争の結果から、その考え方は非常に正しいことがわかる。世界中から恐れられていたロシアに、開国したばかりの日本が勝利したわけだ。
敵を作ってチームで一丸になることの破壊力は計り知れない。
そんなこんなで作られた敵が、僕の友達、そして僕だった。
いじめられた
僕は基本的に単純でアホだ。
ちょっといいことをされると、すぐにその人が大好きになる。ちょろいやつだ。
そんなちょろいアホは、いじめられている友達を守った。
今のいじめは陰湿だ。身体じゃなくて精神を攻める。
誰も見てないところで悪口を言う、こそこそ陰口を叩く、性格悪いあだ名をつけて、敵を悪くするため、自分のチームを崩壊させないため、自分の身を守るためにいじめる。
書き表すと可愛く見えるが、毎日これをされ続けるのは、小学生にとっては過酷だ。それに、暴力と違ってこれは誰にも見えない。
いじめられてる人を守ろうと、反抗し続けていると、気づいたら僕もおんなじことをされていた。
グループを作るための敵になったわけだ。
それからはしんどかった。いじめられてるやつとつるんで、言い返しては嫌がらせをされ…
あ、忘れているかもしれないが、YAMAHAでのしんどさを感じてるのも同時期だ。
不幸中の幸いか、僕にはいくつか居場所があった。
学校とYAMAHAがしんどくても、家に帰れば最高の家族がいたし、ロボット教室も楽しかった。キャリア塾にも通ってたが、そこも楽しかった。
だから自殺とかにはならなかった。最悪学校はいかなきゃいいと。
あ、ちなみに僕は小学校は皆勤賞だ。
そんなこんなで、僕のいじめられ期間はずるずると中1まで続く。
出過ぎた杭を目指したあの日
中1の3学期だったか、あまり定かではないが、授業参観があった。
うちの両親はそういうのには絶対に来るタイプなので来た。
しばらく僕の授業とかを見た後帰って行ったが、その後家に帰ってきた僕に父親は、「ハリネズミになりすぎだ」と言った。
周りの人に攻撃されるのを恐れて、常に寄ってきた人を攻撃していると。
だから一回、身体中の棘を取っ払ってみろ、まずはそこからだ、と言われた。
でも僕は内心、「そんなことしたら攻撃されるやんけ、今更友好的に行けるかい!」と思ったのだが、ここで僕の人生を変える一言に出会う。
母親の、「ほらあれやん、松下幸之助の『出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は打たれない』やん」。
この一言で、僕は微妙に周りとズレたいじめられっ子から、変すぎていじめる対象にもならない存在へと変わろうと決意したのだった。
でも確かに、僕の一歳年上の幼馴染はとっても辺なやつだったがいじめられてはいなかった。確かにめちゃくちゃ変なやつだったが、ずば抜けて頭が良くて、そして変だった。
僕たちが地べたでペタペタ歩いてるのに対して彼は数センチ浮いて歩いているみたいだった。まるでドラ◯モンだ。
僕はそんなふうになりたいと思った。
周りにも撃たれることのない杭ってかっこいいって思った。一種の厨二病だ。本当に厨二病だった、でも結果的には良かった。
変人に憧れた凡人は果たして変人なのか
さぁこうなってくるとわからない、そして文字数が思ったよりも多くなった。そろそろ終わらないと読者が飽きる。
結論から行こう。僕は変人ではないと思う。
変な人に憧れて変になろうとしている、この点は確かに変かもしれないが、根底から僕は凡人なのだ。
中学三年生のとき、変人とつるんでいたのでわかる。
発想の幅が違う、ある種のリミッターがない、逆立ちしても出てこないものが出てくる…
僕は自分がいかに普通かを思い知らされた。
凡人が何をしてもられないから変人なのだ。だから僕は変人ではない。
でも結果的に、凡人が変人になろうと積み上げた行動が、今の微妙に変人とも凡人とも言えない中途半端な僕につながっている。
こんなわけわからん題材で何がしたかったのか
実はこれは、僕が伝えたかったことの一部だ。
本当は、僕がなぜ志を持とうと思ったかを話そうとしたが、ちょっと内容がボリューミーすぎた。
だからちょっとずつ分けて書いていこうと思い、志を持等と思った時の環境について書こうとしたら、どんどん話が逸れてこうなった。
次回は話を軌道修正しようと思うので、もうちょっと学びのある内容になると思う。おそらくは。
と言うことで、今回も読んでくださりありがとうございました。
この話を読んで、「松尾奏和」と言う人間に興味を持った人は、僕にどんどん連絡してきてほしい。DM機能とかあるのかな…
それではまた次回お会いしましょう、さようなら。
