「ピリカ・モシリ」神話
〜カムイと命の物語〜
イランカラㇷ゚テ。
ようこそ。
私はこの森のポン・イセポ(小さなうさぎ)。
耳がちょっと長すぎるのが玉に瑕やけど、まぁそれが私の自慢でもあるんよ。
……あ、動かんでも大丈夫やで。
あのな、あなたのことは知っとるよ。
ずっと前から、この森の入り口で待っとったんや。クンネ(暗い)な森の影から、ずっと見てたんよ。
ここ、ピリカ・モシリ(美しい大地)にはな、ほんまにいろんな命が生きとる。
山のカムイ(神)も、海のカムイも、空を飛ぶ鳥も、ちっちゃなカエルも、ちょっとずる賢いチロンヌㇷ゚(キタキツネ)も。
みんな違う言葉を持って、違う場所に暮らしとる。
でもな、一緒にヒンナ(食事)したら心がポカポカして、歌えばラマッ(魂)が響き合う。
言葉が通じなくても、笑い合えば仲間になれる。
命はな、おすそ分けされて、形を変えて、またどこかでぴょこんと芽を出していく。
人間とカムイの間にもな、ずっと昔から大切な約束があったんよ。いただいた命を使い切って、感謝と一緒に送り返す。
そしたらまた、新しい命が巡ってくる。
……ほら、風の音が聞こえるやろ?
あなたもな、もうこの森の仲間や。
さぁ、恥ずかしがらんと、私と一緒にこの深いところまで、ぴょんと跳び込んでみてな。
覗いて来よう。
第一話:イランカラㇷ゚テ、月を追いかけたウサギ
私の最初の物語はな、お月さんを追いかけた夜のことや。
がむしゃらに走り続けて、気づいたら真っ暗な森で迷子になってしもた。
そこで出会うたコタン・コロ・カムイ(村を守る神様)に、
こう言われたんよ。
『足元を見てごらん』
その一言が、今でもウチの胸に生きとる

第二話:おすそ分けのカムイ
第二話はワシの話や。ちょっとだけ恥ずかしいけどな。
キムンカムイ(ヒグマ)のチェㇷ゚(魚)を、知恵でいただこうと思たんや。でもな、騙しながら歩いとるうちに、ワシの方が騙されとったんや。
誰かと一緒に食べた飯は、嘘みたいに美味い。
……これ以上は、読んでからのお楽しみや

第三話:カパッチリとレプンカムイの「おもろい競争」
「第三話の紹介はワシがする」カパッチリ(オジロワシ)が羽を広げた。
「いやいや、ワシや」レプンカムイ(シャチ)が波を蹴った。
「空のワシの方が目立つやろ」
「アトゥイ(海)の方が広いわ」
しばらく睨み合って、ふたりは同時に口を閉じた。
「……読んだら、わかるわ」

第四話:ポロ・ニ(大木)の贈り物
「ヘイ、ヘイ、ホ……」
ウチはな、この森のポン・ペレ(小さなカエル)や。
「形が変わっても、ラマッ(魂)はここにある……ヘイ、ヘイ、ホ……」
「第四話は、歌の物語や。よかったら、ウチと一緒に歌いながら読んでな」

第五話:チロンヌㇷ゚(キツネ)と、空飛ぶ知恵比べ
第五話はワシの話や。
ワシってほんまに頭ええなぁと思う話でな。
知恵と機転でな、森中を笑顔にしてやったんよ。
ワシがおらんかったら、みんなつまらん毎日やったと思うわ。ほんまに。
「……読んだら、わかるわ」

第六話:海を越えたウポポ(歌)
ピポッ、パポッ、ピィー!
ハカッピリカ(エトピリカ)が嬉しそうに羽を広げた。
ピポッ、パポッ……ホイ!ホイ!
……第六話やで。私も最初、何言うてるかさっぱりわからへんかったわ

第七話:火のそばのイタク(言葉)と、最初のおすそ分け
クアニ(僕)はコタン(村)の子供や。エカシ(おじいさん)と一緒に、
アペフチカムイ(火の老婆の神)のそばで暮らしとる。
第七話はな、森の仲間たちがこっそりこちらを見に来た夜の話。
「……気づいとったよ、チロンヌㇷ゚(キタキツネ)さん」

第八話:イカシパ(笑い声)が春を呼んだ日
この話はな、私が一番好きな話や。
ポン・イセポ(小さなうさぎ)がノンノ(花)の横で静かに言った。
みんながおってくれたから、春が来たんよ。
あなたもおってくれたら、もっとよかったのになぁ。

「最後にな、もう一つだけ読んでいってな」
番外編:イカシパのあとで
ある春の夜やった。
ウパㇱ(雪)はすっかり溶けて、ピリカ・モシリ(美しい大地)にはやわらかいノンノ(花)が顔を出しとる。
私は、ぴょん、と軽やかに跳ねながら、レラ(風)の匂いを楽しんどった。
「ええ季節やなぁ……」
その時や。
ザクッ。
背後で、土を踏む、重たい音がした。
私の耳がピンと立つ。
もう一歩、跳ねようとした瞬間——
ザクッ、ザクッ。
今度ははっきり聞こえた。自分の足音やない。もっと低くて、重くて、逃げ場を塞ぐような音や。
(……来とる)
振り返らへん。振り返ったら、足が止まる。

私は、一気に駆け出した。
草をかき分け、土を蹴って、ただ前へ。
後ろから、確かな気配が迫ってくる。
息が荒くなる。
心臓がドクドク鳴る。
(怖い……でも、止まったら終わりや)
頭の奥で、あの夜の声がよみがえる。
——「足元を見てごらん」
私は、ぐっと歯を食いしばって、地面を見た。
一歩、一歩を、確かめる。
ぴょん。
ぴょん。
無我夢中やない。ちゃんと”踏む”。
その瞬間、背後から影が伸びた。
ガサッ!
横から飛び出してきたのは——
チロンヌㇷ゚(キタキツネ)やった。
金色の目が、じっと私を捉えとる。
「見つけたで、小さなウサギ」
低い声。遊びやない、本気の声や。
私の足が、一瞬だけ震えた。
でも、止まらへん。
「……イランカラㇷ゚テ(こんにちは)やな、こんな時でも」
無理やり、息の合間に言葉を絞り出す。
キツネは、少しだけ目を細めた。
「挨拶する余裕あるんか。ええ度胸や」
次の瞬間、地面を蹴った。
速い。
さっきまでの比やない。本気で捕りに来とる。
私は必死で方向を変えた。
低い茂みの中へ飛び込む。
枝が体に当たる。息が詰まる。
(あかん……このままやと追いつかれる)
その時や。
足元で、小さな震えを感じた。
見ると、ノンノ(花)の芽が、まだ土から顔を出したばかりで揺れとる。
そのすぐ横に、小さな巣。
まだ目も開いてへん、小さな命。

(こんなとこで……)
背後の気配が、すぐそこまで来てる。
逃げれば助かるかもしれん。でも——
私は、一瞬だけ目を閉じた。
(……あの時、みんなが一緒におってくれたから、私は春を見れたんや)
息を吸って、吐く。
そして、くるりと向きを変えた。
巣の前に、立つ。

「……ここは、通さへんよ」
声は震えとる。足も震えとる。
それでも、一歩も引かへん。
チロンヌㇷ゚(キツネ)が、ぴたりと止まった。
「……なんや、それ」
低く、訝しむ声。
「逃げへんのか?」
私は、ゆっくり首を振った。
「怖いで。でもな……一人で逃げるんは、もう嫌なんや」
静寂。
レラ(風)が、ふっと通り抜ける。
その時や。
どこからともなく、低い音が響いた。
ゴォ……ン……
アトゥイ(海)の鼓動のような音。
空の上では、影がひとつ、円を描く。
カパッチリ(オジロワシ)。
遠くの森の奥で、重たい息遣い。
キムンカムイ(ヒグマ)。
見えへんけど、確かに”いる”。
あの時、一緒に笑った存在たちの気配が、世界に満ちていく。
チロンヌㇷ゚(キツネ)の耳が、ぴくりと動いた。
視線が、ほんの少しだけ逸れる。
「……チッ」
小さく舌打ちして、後ろへ下がった。
「今日はやめといたるわ」
くるりと背を向けて、闇の中へ消えていく。
「その代わり——」
振り返らずに、ぽつりと。
「次は、逃がさへんで」
気配が遠ざかる。
夜が、しんと静まり返った。
完全に消えたのを感じてから、私はその場にへたり込んだ。
足が、もう動かへん。
「……はぁ……はぁ……」
しばらくして、巣の中の小さな命が、かすかに動いた。そのぬくもりに触れて、私はふっと笑った。
「……大丈夫や。春は、ちゃんと来とるで」
レラ(風)が、やわらかく吹く。
ノンノ(花)が、揺れる。
遠くで、誰かが笑った気がした。
イカシパ(笑い声)が、かすかに大地に響いて。
その夜、私は初めて知ったんや。
守るっていうんは、怖さが消えることやない。
怖さと一緒に、一歩踏み出すことなんやって。
⸻

あとがき
ここまで一緒に歩いてくれて、イヤイライケレ(ありがとう)。
この物語はな、難しいことは何も言うてへんよ。
ただ、命はおすそ分けされて、笑い合えば繋がれて、歌えばラマッ(魂)は響き合うって、それだけや。
アイヌの言葉はな、この大地に生きた人たちの声や。カムイへの敬意、命への感謝、自然との約束。そういうものが、一つひとつの言葉に息づいとる。私はその声を借りて、新しい物語を作らせてもらったんよ。
この物語がきっかけで、アイヌ文化に興味を持ってくれたら、もっと嬉しいわ。本物の声に、ぜひ触れてみてな。
あなたもな、もうピリカ・モシリの仲間や。
またいつか、この森で会いましょ。
コメントにイヤイライケレって書いてくれたら、私またピリカ・モシリから会いに来る。スキがたくさん溜まったら、もっと遠くまで会いに行けるんやて。次の物語、一緒に作ろ。
どこからともなく、チロンヌㇷ゚の声がした。
「ワシも行くで」
「……来るの?」
「当たり前やろ。ワシがおらんと、面白くないやろ」
ポン・イセポは少し考えて、それからふっと笑った。
「……せやね」
スイ・ウヌカラ・アン・ロー。(またいつか会いましょう。)
