『時空郵便局 第十便』 汝自身の「深渕」を踊れ——ニーチェからの手紙
……親愛なる、孤独な『迷い子』よ。
汝は、今日も隣の庭で飼いならされた家畜たちの毛並みを数え、今という貴重な命の時間をドブに捨てたのか。
おお、何たる矮小、なんたる。
汝が誰かと自分を比べ、その背中に絶望するとき、汝は自ら進んで首輪を嵌め、『家畜の群れ』の檻に這い戻っているのだ。
群れの中にいれば、確かに比べる対象には困るまい。
だが、汝は知っているはずだ。
鷲を見よ。奴が孤独に高みへと昇るとき、隣を飛ぶ鳥の羽の色など気に掛けると思うか?
だが、家畜は違う。
常に隣の尻を眺め、その足跡をなぞって安心する。
断言しよう。比較とは『病』だ。
そしてこの病を癒す薬は、外の世界には一滴も存在ない。
汝自身の内側に、神さえも踏み込めぬ、誰にも侵させない『聖域』を築くことだ。
汝が『あの人より比べて私は・・・・・・』と呟くたびに、汝は自分自身を裏切っている。
汝は、汝以外の何者かになろうとして、自分という唯一無二の芸術品を泥で汚しているのだ。
……だが、誤解するな。
比較をやめるとは、ただ目を逸らすことではない。
それは、より苛烈な戦場へと自らを引きずり出す真の覚悟だ。

……お聞きなさい、私の愛すべき、不器用な戦士よ。
汝の胸で暴れるその『嫉妬』、その『焦燥』という重たい感情。
それを捨てようとするな。ーーそれを聖なる炎として歓迎せよ。
その火で自分自身を焼き尽くすがいい。他人の物差しという腐った木っ端を全て燃やし、灰にするのだ。
汝がまず灰にならず、どうして新しくなることができようか。
乗り越えるべきは、他人ではない。
常に、過去の己だ。
己を超え続けよ。
昨日の価値観を踏み潰し、
今日の己を裏切り続ける者だけが、
ようやく“人間”から“創造者”へと至る。
いいか。
汝の人生は、同じ道が永遠に繰り返される、汝が主役の『円環』だ。
何度同じ地獄が訪れようとも、足を踏み鳴らし、『これこそが私の望んだ人生だ!さあ、もう一度』と笑い飛ばし、叫べるほどに、今、この瞬間を汝の色で染め上げろ。
他人が富を得ようが、美貌を誇ろうが、それが汝の『舞踏』と何の関係があるというのだ?自らの足で、自らの重力の中で踊らぬのなら、それはもはや生きてるとは言わぬ。
汝、自ら自身の火に由て、自らを焼こうと欲せねばならぬ。
誰とも比べるな。
昨日の自分という、最も手強い敵だけを冷徹に見据えよ。
汝が自分自身の運命(ファトム)を愛し、その過酷さの喉元を掴んで踊り始めたとき、世界を縛る比較の鎖は、蜘蛛の糸のよりも脆く崩れさるだろう。
汝の深淵を、汝自身の雷光で貫け。
私は、汝が孤独な頂で独り踊り狂う姿を、その美しき狂気だけを、星々の彼方から祝福しているよ。
フリードリヒ・ニーチェ

汝が自身の『道』を歩むとき、もはや私の声など邪魔な雑音に過ぎぬ。
