音楽御礼行脚 #6|中森明菜@東京国際フォーラムホールA(2026.07.14)
1982年5月5日。
小学生だった僕は自宅から自転車でほど近い遊園地『としまえん』に母と一緒に遊びに来ていた。当日、園内の野外ステージでイベントがあるようで、告知ポスターを見ながら「新人アイドルのイベントがあるみたいだね」と、母と話しながら次のアトラクションへと向かった。
あのときの ”新人アイドル” こそが、中森明菜だった。
もちろん、当時の僕には知る由もなく、その記憶が鮮やかによみがえったのは、数日後に訪れた近所のレコード店だった。『スローモーション』のシングルジャケットを見た瞬間、「あの日のポスターと同じ写真だ」と気づいたのである。
僕の一生の中で、明菜ちゃんのデビューイベントを「あれ乗りに行こう」とアトラクションに向かったことで見逃してしまったのは、痛恨極まりない出来事だった。
それから四十年以上。明菜ちゃんを生で観る機会は、不思議なくらい巡ってこなかった。
そんな中、2025年春。大分で開催される野外フェス『ジゴロック』に明菜ちゃんが出演するというニュースが飛び込んできた。
「大分かぁ……」
正直、少し迷った。距離もあるし、気軽に行ける場所ではない。でも「いつまた観られなくなることがあるかも知れないし…」と思い、同じく明菜ちゃんファンである、ブラジル人パートナーのじーちゃんに聞いてみたところ…。
「行きましょうよ!ってか、行くでしょ!」
「あ!そんな感じ!?」と、笑っちゃうくらいの温度感に僕の迷いは一瞬で消えた。
迎えた当日。
『DESIRE -情熱-』のイントロがかかり、本人が登場した瞬間の会場の大歓声は今思い出しても鳥肌が立つほどだ。小室哲哉氏のレジェンド枠での出演でもあったため、小室氏が提供した『愛撫』、『MOONLIGHT SHADOW-月に吠えろ』が披露され、「終わりかな?」と思っていると、まさかの『TATTOO』に僕もじーちゃんも大興奮。
ステージが終わると、二人とも放心状態。普段、エンターテインメントで涙を流すことなどほとんどないじーちゃんが、興奮と感慨深さで涙するほどだった。
あの日のジゴロックは、僕たちだけではなく、明菜ちゃん自身にも大きな意味を持つライブだったようで、「こんなに待っていてくれた人たちがいる。大丈夫、ステージに立てる」。その実感が、今回の二十年ぶりとなるライブツアーの開催に至ったようだ。
「これは絶対に観に行かなくては」と迷わずエントリー。相当の競争率となることを予想しながらの、希望日と席種を選択。第3希望のとはいえ、当選することができた。
1982年、『としまえん』でアトラクションを選んでしまった少年は、四十数年の時を経て、ようやく明菜ちゃんのライブへたどり着く。
人生には、取り返せない後悔もある。けれど、その続きを何十年越しに回収できる日が来ることもある。
だから人生は、おもしろい。
【中森明菜 / AKINA NAKAMORI LIVE TOUR 2026】@東京国際フォーラムホールA
−スリリングに酔いしれる
開演前までは、胸のどこかで自分に予防線を張っていた。
長らく体調を崩し、少しずつ活動を再開してきた明菜ちゃん。テレビやフェスで見かけるたび、その細くなった身体つきや歌声に「本当に大丈夫だろうか」と心配する気持ちの方が先に立っていた。
なので今回のライブも、きっとジャズアレンジを中心に、身体や喉への負担を抑えた穏やかな構成になるのだろう──そんなふうに勝手に思い込んでいた。
19時ちょうど。英語のアナウンスとともに緞帳がゆっくりと上がる。
ステージ中央の雛壇上、明菜ちゃんの姿がシルエットで浮かぶと同時に『TATTOO』のイントロが。
「原曲アレンジだ!」
キーもテンポも原曲にほぼ近い。その瞬間、会場は大歓声に包まれた。ライトに照らされた明菜ちゃんは黒皮のタイトなミニスカートにカラフルなジャケットを羽織っており、まさに ”あの頃の明菜ちゃん” が目の前にいた。
大興奮のまま、間髪入れずの『禁区』。これまでのライブでも滅多に演奏されない上に、今の明菜ちゃんがオリジナルの振り付けと共に歌っている。
その姿を見た瞬間、小学生だった頃から抱き続けていた夢が、四十年以上の時を経て目の前で叶っていることに気づいた。
一瞬にしての早着替えで当時の衣装を彷彿とさせる赤を基調としたフラメンコドレスで登場すると同時に『TANGO NOIR』。もちろん原曲アレンジ。
興奮し過ぎて、じーちゃんと共におかしい様子になっていたはず(笑)。
続いての『ジプシー・クイーン』。明菜ちゃんのシングルで一番好きな曲でもあるので、この曲を生で聴けたことは本当に宝物のような瞬間だった。
『SOLITUDE』にしても、まるで小説を朗読するような歌唱は、今の明菜ちゃんだからこそ辿り着けた表現にも思えた。
百二十五頁で 終わった二人
燃える愛の途中で Ah すべて
25階の非常口で風に吹かれて爪を切る
たそがれの街 SOLITUDE
「着替えてくるから、ちょっと待っててね」。そう照れくさそうに笑って舞台袖へ消える姿さえ愛おしい。
煌びやかなライトピンクのドレスで再登場してからのヒット曲メドレー。もちろん全て原曲アレンジと原曲キー。
当時の映像がスクリーンに映し出され、その隣で "今" の明菜ちゃんが歌う。
活動休止という長い時間を経て、それでも待ち続けたファンへ贈る、「ただいま」と「ありがとう」。
そんなメッセージを受け取ったようで、胸がいっぱいになった。
『北ウィング』では、全身を振り絞るようなロングトーン。歌い切った瞬間に起こったどよめきは、この日一番の驚きだったかもしれない。
後半は白い、まるで一輪のカサブランカのような美しいドレスで登場。儚さという言葉が、そのまま形になったような美しさだった。
アルバム『BITTER AND SWEET』からの『SO LONG』、『予感』、アルバム『CRIMSON』からの『駅』と、明菜ちゃんの魅力の一つとも言える、月影のようなバラードが続き、心酔した。
そんな時間に身を委ねていると、会場全体が深い呼吸をしているような感覚になった。
そして、じーちゃんが大好きな、まさかの『水に挿した花』。
歌い終えたあと、明菜ちゃんは笑いながら言った。
「この曲を歌うのは嫌いなの。泣いちゃうから」
その言葉どおりだった。歌の途中、舞台へ崩れ落ち、涙で声を震わせながら歌い続ける姿に、誰も息をすることすら忘れていたように思う。
歌うことは、きっと彼女にとって人生そのものなのだろう。
新曲『ごめんと、すきと、』を挟み、衣装制作の風景映像が終わると、黒のパンツスタイルで登場した明菜ちゃん。原曲よりも勢いが増し、ロック色を感じる『少女A』のイントロに鳥肌が立った。
『TANGO NOIR』の時と同様に、『十戒(1984)』での ”イナバウアー(のけぞり)” に、じーちゃんと「気をつけてー!」と、いらぬ心配と共に見届けながらも、明菜ちゃんのその一瞬に賭けた ”魅せる覚悟” を目の当たりにして大興奮した。
アンコールではツアーTシャツにジーンズスタイルで登場。
飾らない姿で歌う『LA BOHÈME』は、むしろこれまで以上にロックだった。片足を蹴り上げ、片腕を高く振り上げながらリズムを刻む姿に、思わず心の中で叫ぶ。
「カッコえぇぇぇーーー!」
そして最後は『DESIRE -情熱-』。
5000人が一斉に響かせる「はー!どっこい!」は圧巻で(笑)、これ以上ない熱量の中で、ライブは幕を閉じた。
もちろん、歌だけを切り取れば完璧ではなかった場面もあった。それでも、一年前のジゴロックで見た姿を思えば、その違いは歴然だった。歌える曲数も、踊れる時間も、表情も、MCも。
この一年、どれほどの努力を重ねてきたのだろう。どれほどの不安を抱えながら、このステージに立ったのだろう。その答えは、すべてライブが教えてくれた。
上手く歌うためではない。もう一度、ファンの前で歌うために。
魂を振り絞って歌い踊る明菜ちゃんの覚悟が、一曲一曲から痛いほど伝わってきた、感動的なステージだった。
「スリリングに酔いしれる」
今回のライブは過去を懐かしむステージではなく、幾度もの困難を越え、それでも歌うことを選んだ、一人の表現者が放つ "今" だった。
だから僕は、今回のライブをきっと、一生忘れないだろう。
【Set List】
01.TATTOO
02.禁区
03.ノンフィクション・エクスタシー
04.TANGO NOIR
05.ジプシー・クイーン
06. SOLITUDE
07.メドレー
1/2の神話
スローモーション
I MISSED "THE SHOCK"
北ウイング
サザン・ウインド
Dear Friend
08.SO LONG
09.駅
10.予感
11.水に挿した花
12.ごめんと、すきと、
13.少女A
14.十戒(1984)
15.飾りじゃないのよ涙は
16.愛撫
--------Encore --------
17. LA BOHÈME
18. DESIRE-情熱-






