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アナログ派の楽しみ/スペシャル◎子どもという世界を探検する(創作大賞2025応募作)


子どもという世界を探検する


子どもの世界ではなく、世界の子どもでもありません。ひとりの子どもはひとつの独立した世界――そんな子どもという世界を探検してみたいと思います。きっと胸のときめく発見が待っていることでしょう。だって、わたしたちはかつてみな子どもという世界に暮らしていたのですから。
  

『グリム童話集』

ページのあいだに
思いがけない贈り物が

 
 
ちょっとした必要があって、最寄りの公共図書館から岩波少年文庫の『グリム童話集』上巻を借りだしたところ、ページのあいだに思いがけないものを発見した。判型よりひとまわり小さな長方形の画用紙で、そこには鉛筆書きでこの本の新たな表紙のデッサンがしたためられていたのだ。
 
タイトルは横書きで、袋文字の「グリム」とゴチック体の「童話集」がリズミカルに波打ち、その上部に王冠のように「Grimms Märchen」のドイツ語表記がのっている。バックには木の葉とリンゴの実、ミツバチのイラストがあしらわれて、下段に翻訳者と挿絵画家の名前がならび、ついで目次の「オオカミと七匹の子ヤギ」「ブレーメンの と書きかけたところで、ふいに終わっている……。
 
むろん、ごく稚拙なデッサンではあるけれど、長年書籍の制作に携わってきたわたしの目には、はっきりとブック・デザインにかける意気込みが伝わり、少なくとも岩波少年文庫の杓子定規な装幀よりずっとわくわくさせられて好ましい。それにしても、この中途で放棄されたデッサンは何を意味するのだろうか? ためつすがめつ眺めながら、自分なりに推理を働かせてみた。
 
筆圧のやわらかい文字やイラストのタッチからすると、デッサンを手がけたのは小学5年か6年の女子児童らしい。彼女はたまたま図書館から借りだした本を読みはじめて、とてもびっくりしたのに違いない。岩波少年文庫はオリジナルどおりの記述を方針としているので、『グリム童話集』の場合でも幼児向けの絵本などとは異なって、ときに残酷だったり、ときに背徳だったりする内容もそのまま出てくる。
 
だから、最初に収録された『オオカミと七匹の子ヤギ』では、お母さんヤギが昼寝中のオオカミの腹を鋏で切り開いて子ヤギたちを救出したあと、代わりに石をつめて縫いあわせて、オオカミを泉で溺死させることに成功すると、お母さんヤギと子ヤギたちは快哉を叫んで踊りまわり、報復のためには相手の殺害も正当化される。また、二番目の『ブレーメンの音楽隊』では、ロバ、イヌ、ネコ、オンドリが年を取ったせいで邪険に扱われるようになった飼い主のもとから家出して、ブレーメンへ向かう道すがら、食べものと寝床を手に入れようと、泥棒たちの住み処で大騒ぎを繰り広げて占領してしまい、つまりは人間どもを上まわる泥棒ぶりが大いに賞賛される……。そうした物語の展開を前にして、彼女の内面で突如変化が生じたのではないか。
 
これらのドイツ民話をまとめたヤーコブとウィルヘルムのグリム兄弟は、晩年に至って、つぎのようなエピソードと出会ったことが知られている。ひとりの少女が兄弟の住む家にやってきて、「面白いお話を書いたのはおじさまですか?」と尋ねたので、「はい、われわれです」と答えると、彼女は小さなサイフを取りだした。『利口な仕立屋』という物語の結びに「このお話を本当と思わないひとは1ターラー(銀貨)払いなさい」と書いてあり、「私は本当と思わないから1ターラー払わなきゃいけないんですけど、お小遣いが少ないので、とりあえず1グロッシェン(銅貨)だけ支払います」と告げて、兄弟に銅貨を押しつけて帰っていったというのだ。
 
この19世紀ドイツの生真面目な少女は、自分の読んだ物語が現実の出来事ではないとわかっている一方で、すっかり『グリム童話集』に取り込まれて、その世界の住人のひとりになってしまったというわけだろう。同じように、21世紀日本の岩波少年文庫を手にした少女もまた、たちまち住人となったものの、彼女の場合は物語を読み進めていくより、このめくるめく世界をデザインしたいという方向へ突き動かされたものと見える。
 
かくて、矢も楯もたまらず、鉛筆一本を手に勇んで画用紙に立ち向かった姿が目に浮かぶのだが、では、どうして中途で放棄したのだろうか? 完成前に本の貸し出し期間が切れて(この公共図書館は3週間に設定している)、慌てたあまりデッサンが挟まっていることを忘れて戻したのか。それとも、自分の知らないうちに母親かきょうだいが他の本とまとめて無造作に返してしまったのか。しかし、もしそうだとしたら、あとで図書館へ出かけてデッサンを回収できたはずだろう。
 
わたしの推理はこうだ。『グリム童話集』の返却にあたって、彼女は未完の表紙のデッサンをわざとページのあいだに挟み込んだのだ。後日、この本を借りだす人物に自分の切なる思いを託するために。そして、そのひそやかな贈り物の受け取り手となったのが奇しくもわたしだった、と――。
  

アッバス・キアロスタミ監督「ジグザグ三部作」

ジグザグ道は
めくるめく迷宮への入り口だ

 
 
東京・小平市の第七小学校がわが母校だ。まあ、ごく平凡な公立小学校で、世に知られる有名人を出したとも承知していない。かつて知り合いからアイドル・グループ嵐の桜井翔が一時通学していたと聞いたことがあるけれど、ネットを調べてもそんな情報は影も形もないから、せいぜい地域限定の都市伝説と言ったところだろう。
 
それはともかく、あのころわたしが暮らしていた都営住宅は、小学校の正門から子どもの足でもほんの数分の距離にあった。木造平屋建ての6畳と4畳半のふた間に一家4人が居住して、猫の額ほどの庭にはカキやグミの木が植わっていた。あたりはそんなマッチ箱のような家屋がずらりと軒を並べて、子どもたちは学校から帰ってくると、自分の家も他人の家も見境なく縦横無尽に出没して遊んだり、ケンカしたり、笑ったり、泣いたりして、ときが経つのを忘れたものだ。大人の目にはごみごみと貧相な住宅街でしかなかったとしても、子どもにとっては広大無辺だった。
 
そうした遠い昔の記憶が呼び起こされたのは、アッバス・キアロスタミ監督の映画「ジグザグ三部作」のせいだ。優れた映画作家の条件は、その作品に初めて接した者もたちまち既視感のふところに取り込んでしまうことだと思うが、このイランの名匠も例外ではない。スクリーンに映し出されるのは、ホメイニ師を指導者とするイスラム革命期の北部の赤茶けた高原地帯で、もちろんわたしには見ず知らずの土地ながら、いつしか住人のひとりのような気分になってくるのが不思議だ。
 
第一作『友だちのうちはどこ?』(1987年)は、どうやらイスラム革命の荒波も遠く及ばないらしい、コケルという寒村に住む小学2年生の少年アハマッドが主人公。ある日、学校が引けたあと、間違えて隣席の友だちのノートまで持ち帰ってしまったことに気づく。ここに書き取りの宿題をやってこないと退学させるぞ、と先生は言っていた。やむにやまれず、かれは母親の目を盗んで家から抜け出して、ノートを友だちに返すため、むきだしの大地に刻まれたジグザグ道を辿って丘の反対側にあるポシュテの村へと向かう。友だちの家のありかは? まわりの大人たちに尋ねてもさっぱり要領を得ず、胸中の不安に顔を引き攣らせながら、どこまでも石造りの家々が入り組んだ路地をさまよったあげく、ステンドグラスから差し込む夕映えの光と闇が綾をなす袋小路へと迷い込む。めくるめく迷宮――。そこから戻ってきたアハマッドの顔に現れていたのは、少年が初めて自分の力で別天地の扉を開けたときの表情でもあったろう。
 
その後の第二作『そして人生はつづく』(1992年)では、1990年に現地を襲った大地震に混乱するなか、アハマッドらの安否を案じてコケルの村へ赴こうと、映画監督がジグザグ道に車を走らせるがどうしても行き着けず、さらに第三作『オリーブの林をぬけて』(1994年)では、前作に登場した男女のカップルを起用して映画のロケ撮影が行われるものの失敗の連続で、映画監督はジグザグ道を行きつ戻りつ……といったふうに虚実ないまぜになって、スクリーンに描かれる迷宮はいっそう混迷と魅惑の度合いを深めていくのだ。
 
ふいにまた思い出す。あれは、やっと自転車に乗れるようになったころだ。ペダルを漕いでいるうちに近所を離れて、初めてひとりで線路沿いに生い茂った雑木林のジグザグ道を進んでいった。わずかな距離だが、わたしにとっては大冒険だったに違いない。やがて雑木林を抜けると草原が開け、まぶしい青空の下で同じ学校の生徒がいっぱい群がって遊んでいるではないか! あとでは、そこが校舎をはさんで逆の裏門を出ればすぐのところに位置し、そちら側の住宅地に住む子どもたちの遊び場だとわかったけれど、そうした地理関係の理解は別として、あのとき雑木林の向こうに別天地の扉を開いたときのおののきは、現在も自分のどこかに尾を引いている気がする。
 
世界が迷宮だとは、幼い子どもだけの特権だろうか? ことによったらいつかふたたび、ジグザグ道を通って別天地への扉に出くわすことがあるのではないか、とわたしはひそかに期待しているのだが。
  

水木しげる 著『のんのんばあとオレ』

恐ろしげなおばあさんが
引き受けてきた役割とは?

 
 
かねて不思議に感じてきたのは、洋の東西を問わず、フォークロア(民間伝承)で魔法使いや鬼婆として恐ろしげな存在感を発揮するのはなぜかおばあさんばかりで、おじいさんにはお呼びがかからないことだ。もしそうした属性が長生きによって培われるのなら、何も男女の性別には関係しないように思われるのだけれど。
 
そんな疑問に単刀直入の回答を与えてくれるのが、マンガ家・水木しげるの『のんのんばあとオレ』(1977年)だ。昭和初期に鳥取の境港で育った幼少年時代を描いた自伝で、これが滅法面白い。もともと宍道湖をはさんで隣りあう島根は出雲の国で神話・伝説の宝庫だし、こちら側の伯耆の国も山岳信仰で有名な大山が聳えているといった具合で、日常と非日常の境があいまいな土地柄だったらしい。そこで幼い「オレ」は近所の「のんのんばあ」と親しく交わる。少し前につれあいと死に別れてから物乞いのように暮らすなか、しょっちゅうやってきてはいつもお化けの話を聞かせてくれたという。たとえば、こんなふうに。
 
 むかしのフロのおけは木でできていた。
 長いあいだ使っていると、木が腐ってくる。そこへあかがたまって、ぬるぬるしてくさくなる。
 そうすると、のんのんばあは、たのまれもしないのに、フロ場の掃除をする。これが半日もかかる大がかりなものなのだ。
 どうしてそんなに掃除をするのかとオレが聞くと、この腐った木にたまるあかを食べに「あかなめ」という妖怪が来るといけないからだと、のんのんばあは真剣に答えた。
 「あかなめ」は小童(小さい子ども)のかたちをした赤い色の化け物で、夜なか、だれもいないときにぺろぺろとあかをなめるのだ。そうなると、「あかなめ」だけではない、妖怪は妖怪を招くから、さまざまな妖怪が家に住みつくことになる。
 こんな話をしながらのんのんばあはフロ場掃除をするから、オレもつられて真剣になって、フロおけの掃除を手つだった。
 
果たして、その夜、オレがひとりで風呂につかっていると、入り口の戸がミシミシと鳴って勢いよく頭の上に倒れてきて……。この「あかなめ」にはよほどびっくりさせられたようで、水木は後年、『ゲゲゲの鬼太郎』に印象的な役まわりで登場させている。のんのんばあは他にも、天井なめ、海坊主、子取り坊主、キツネとタヌキ、河童、サザエオニ、野寺坊、白うねり、家鳴り、ぶるぶる、べとべとさん……といった連中について語り、身のまわりには妖怪がひしめいていることを教えていった。
 
こうした成り行きを眺めるにつけ、なるほど、衣食住の細々とした習いと異界の神秘をダイレクトに結びつけられるのは女性ならではであり、こうした感受性が長い年月積み重なることで日常とも非日常ともつかない世界が目の前に開けていったと理解できる。それはたとえ恐ろしげであっても、同時にこのうえなく温かい包容力に満たされていたのではないだろうか。のちにオレが尋常小学校五年のとき、のんのんばあがなかば飢え死にして世を去ったことについて、つぎのような文章が書き留められているのである。
 
 「転生」ということばがあるが、それは、亡くなった人の心が、ほかの人に宿り、生きつづけることだとすると、オレはいまでも、のんのんばあの心が、オレに宿り生きつづけているような気がしてならない。
 オレはまた次のオレの「転生者」に「妖怪ってなんだろう」と伝えるだろう。そのようにして何百年もたったとき、きっと妖怪の正体もわかるようになっていることだろう。そして、いまだに、たえず「妖怪ってなんだろう」という疑問につきまとわれているのも、のんのんばあの心のせいなのかもしれない。
 
ここで水木が喝破してみせたものこそ、魔法使いや鬼婆のおばあさんの正体なのではないか。彼女たちは古来、世代を超えて生きとし生けるものの心と心をつなぐ役割を引き受けてきたのだ。それにしても、とわたしは首をひねる。日本が世界に冠たる長寿社会を築いたいま、こうした恐ろしげなおばあさんたちは一体、どこへ行ってしまったのだろう?

 

今井むつみ&秋田喜美 著『言語の本質』

赤ちゃんが犬に向かって
「ワンワン」と呼びかける意味


 
かねてわたしが不思議なのは、愛犬のチワワを連れて散歩していると、乳母車に乗った赤ちゃんまでが「ワンワン、ワンワン」と声を出して笑いかけてくることだ。目の前の犬に好奇心を向けるのはいいとしても、なんだってわざわざ言語化して、いかにも嬉しそうな表情を浮かべるのだろう?
 
こんな疑問に明快な回答を与えてくれたのが、認知科学者・今井むつみと言語学者・秋田喜美の共著になる『言語の本質』(中公新書 2023年)だ。子どもがことばを習得するプロセスにもとづいて言語の誕生と進化の謎を解き明かそうとする本書では、ひときわオノマトペ(擬音語)の役割が重視される。ワンワン、ニャー、ザラザラ、ドキッ……といったオノマトペについて脳の活動を調べると、環境の音を処理する右半球と言語の音を処理する左半球のどちらもが反応し、つまり環境音(アナログ)と言語音(デジタル)を橋渡ししていることを説明したうえでこう述べる。
 
「子どもはオノマトペが大好きだ。オノマトペが感覚的でわかりやすいというだけでなく、場面全体をオノマトペ一つで換喩的に表すことができる、声の強弱や発話の速さ、リズムなどに感情を込めやすいなどの理由による。オノマトペは子どもを言語の世界に引きつける。それによって子どもはことばに興味を持ち、もっと聞きたい、話したい、ことばを使いたいと思う」
 
なるほど、赤ちゃんは「ワンワン」と口にすることでことばを学びはじめると同時に、未知の世界へと分け入っていく興奮を味わっているわけだ。そこで、わたしがつぎに不思議に思うのは、ひと口に犬といっても、わが家の愛犬のように小さなものから人間以上に大きなものまでサイズも外見も相当異なるにもかかわらず、赤ちゃんはそれぞれに向かって「ワンワン」と呼びかけ、ときに野良猫やタヌキ(わが家の周辺には親子連れのタヌキが出没する)にも間違って使うにせよ、たいていはきちんと大小の犬を指し示してみせることだ。あらためて考えると、これはかなり高度な認識の作用ではないか?
 
子どもはオノマトペによって言語の世界に出会ったのち、少しずつ単純なものから複雑なものへと概念を表すことばを身に着けていくことになり、そこで重要な働きをになうのが推論能力だという。論理学における推論には、一般命題から個別の事象を導きだす演繹と、逆に個別の事象から一般命題を導きだす帰納がよく知られているが、著者たちはそれらに加えてアメリカの哲学者チャールズ・バースが提唱する「アプダクション(仮説形成推論)」にとくに注目する。
 
これは個別の事象の観察データを説明するための仮説をつくる推論能力で、帰納との違いは、推論の過程において直接には観察不可能な何かを仮定し、直接観察したものと違う種類の何かを推論する点だとする。ずいぶん難しい言い方だが、赤ちゃんがいくつかの種類の犬を見たのち、それをもとに初めて目にする種類にも犬として「ワンワン」と呼びかけ、ときに野良猫やタヌキも含んでしまうことはその実例に他ならないだろう。そして、つぎのような記述につながっていくのだ。
 
「すでに述べたように、必ず一つの正解が決まる演繹推論と異なり、帰納推論とアプダクション推論は、絶対正しい正解が決まらない推論である。〔中略〕バース自身も、帰納推論とアプダクション推論はつねに修正されなければならないと指摘している。これらの推論が個人における言語の習得、あるいは言語以外の知識の体系の習得に貢献し、人類全体の知識の発展に貢献するためには、推論の結果として創造された知識はつねに修正されなければならないのだ」
 
かくして、最後にもうひとつ、わたしにとって重大な疑問を呈しておきたい。どうして赤ちゃんは当たり前のように犬に「ワンワン」と呼びかけるのに、自分を取り巻く人間そのものに対してはなんのオノマトペも発しようとしないのだろう? もし言語習得の出発点にそれがあれば、おたがいを仲間同士と受け止めて、大きくなってからいじめたり差別したりするような事態は生じないと思うのだが……。

 

ヨハンナ・スピリ著『アルプスの少女』

そのとき目の前に
アルプスの光景が立ち現れて


 
思い出すと胸がときめく。学研(学習研究社)版の『少年少女世界文学全集』(1968~69年)。幼少時に虚弱体質だったせいでボンヤリしていたわたしが、ようやく知能が目覚めてきた小学4年のとき、商店街の本屋さんでその発売予告のポスターを見て母親にねだったところひと言もいわずに申し込んでくれた。こうして大判函入りの分厚い本が毎月2冊ずつ届けられ、1年かけて全24巻がずらりと揃うことになったのだ。いまにして、一家4人が六畳と四畳半のふた間の木造住宅に生活していて、よくそれだけの置き場所があったものだと不思議な気がする。
 
わたしはこの全集によって文学の世界への扉が開かれて、デフォー『ロビンソン・クルーソー』、ドイル『名探偵シャーロック・ホームズ』、ヴェルヌ『海底二万里』、デ・アミーチス『クオレ』、ルナール『にんじん』、ネズビット『砂の妖精』、ロフティング『ドリトル先生航海記』……と、未知の名作の数々を文字どおりときが経つのも忘れて読み耽った。なかでもひときわ記憶に残っているのが、ヨハンナ・スピリの『アルプスの少女(原題:ハイジ)』だ。当時の本はのちに親戚に譲ってしまったので、今回記事を書くために古書店からその巻だけを取り寄せて、半世紀以上ぶりにページを開いたとたん、あのときの感動がいっぺんによみがえってきた。
 
1881年にスイスで発表されたこの物語についてあらためて紹介するまでもないだろう。両親のいない5歳の少女、ハイジが伯母に連れられてアルプスのアルム山の牧場に住む祖父のもとへやってくる。そこで暮らすことになったハイジは、気難しいおじいさんとふたりきりで、山小屋の屋根裏部屋で干し草をベッドに初めての夜を過ごす。そして――。
 
 ハイジは朝早く、たかい口ぶえの音で目をさましました。目をあけると、金色の日光が、まるい窓をとおして、ねどこと、そばの干し草の上にながれてきて、そこいらじゅうなにもかもが、金色にかがやいています。ハイジはびっくりして、あたりを見まわしましたが、ここがどこなのか、さっぱりわかりません。
 
訳者は関楠生。この個所を初めて読んだ瞬間、わたしはアルプスの雪の峰々を赤く染めて差し込んでくる朝日のまばゆさがはっきりと見えた。ハイジは寝床を起き出して、おじいさんにいわれてそそくさと顔を洗い、ヤギ飼いの少年ペーターといっしょにヤギの群れを追っていく。
 
 ゆかいなアルムの山登りがはじまりました。夜のうちに、風で雲がすっかり吹きはらわれ、紺碧の空が四方八方から見おろしています。そのまんなかにお日さまがかがやいて、緑のアルム山を照らしていました。青や黄色の花は、うてなをひらいて、うれしそうにお日さまを見かえしています。
 
小学4年のわたしには意味不明な言葉もあったにせよ、たちまちここに描かれているとおりの光景が目の前に立ち現れたのである。以来、わたしはアルプスの写真や映像にいくらでも接する機会があったけれど、あのとき文章によって喚起された美しい光景に優るものを目にしたことがない。そう、子どもとはまだ現実世界に拘束されていないぶんだけ自由奔放にイマジネーションをふくらませることができるのだろう。今日、デジタル教材などを介して容易に現実世界の情報があてがわれてしまうことで、せっかくのイマジネーションを働かせる機会が奪われているとしたら恐ろしい。
 
こうしてハイジとともに喜怒哀楽にあふれた長い物語を辿っていったわけだが、最大のクライマックスは、やはり親友の少女クララをアルプスに迎えた場面だろう。かねて足が不自由で車椅子生活を送ってきた彼女に、当時のわたしはついこのあいだまで喘息の発作で学校も休みがちだったわが身を重ねて共感していたのもかもしれない。そんなクララをハイジは励まして、自分の足で緑の大地に立つことを促すのだった。
 
 「もういちどやってみて。」
 と、ハイジがねっしんにせきたてました。
 クララはやってみました。それからもういちど、また、もういちど。そして、とつぜん、大声をあげました。
 「あるけるわ、ハイジ。まあ、あるけるわ。ほら、足を片方ずつうごかして、あるけるのよ。」
 「まあ、ほんとにじぶんで足をうごかせるのね? あるけるようになったのね? ほんとにじぶんであるけるのね? おじいさんがくればいいんだけどなあ。もう、じぶんであるけるようになったのよ、クララ。もうあるけるのよ!」
 
このときおそらく、クララだけではない、わたしにも奇跡が起こったのだと思う。新たな未来に踏みだすことへの――。
 
 

#創作大賞2025 #エッセイ部門

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