讃美歌第二編157番・新聖歌330番(シンセ《カラオケのつもり》)
音声配信のやり方が変わったようですね
讃美歌第二編157番「この世の波風さわぎ」または新聖歌330番「幸い薄くみゆる日に」…と言いつつ、この曲の原曲はもちろん誰もが知ってるあの曲です。
ふたつの讃美歌集に入っていてそれぞれの歌詞は違っていますが、双方とも歌う者に深い慰めを与えてくれる歌詞が付けられています。
(譜面のアレンジもそれぞれ異なっていますが、コードなど細かいところは両者の良いとこ取りで適当にやってます(^^))
ところで僕はクラシックの歌曲や合唱曲(またポップスも)を聴く時歌詞を余り気にしません。歌詞カードを見るのが面倒だし見たところで感動の度合いが大きく変わるということはそれ程多くないからです(そういうのは珍しいかもしれませんが僕はそうなのです)。
でも讃美歌は違います。曲だけでなく歌詞も大切。いや、曲以上に歌詞に惹かれる事がとても多い…
そこで僕は思うのです。これはやはり歌詞が聖書の言葉に関連するものである故の精霊さまのはたらきと思って良いのか?
それとも例えば戦場(という特殊な環境)で兵隊さんが軍歌を口ずさみ、その歌詞が心に響くのと同様の、メロディの魔法が脳に及ぼす精神作用に過ぎないのか?
讃美歌と軍歌では随分な違いです。同じものとは思いたくないけれど、かと言って教会や聖書に関連するものには全て、上からの何らかのはたらきかけがあると思い過ぎるのも自戒したいところではあるのです。
