#1 【脛骨腓骨開放骨折】足が折れました
はじめに
僕は、2024年の夏に右足の脛骨腓骨の開放骨折を経験しました。骨折直後から、入院、手術、抜釘までどんなことがあったのかを細かく文字に起こしました。このnoteを通して、同じけがを負った方の経過などの参考になればという思います!
概要
2024年夏頃
受傷、脛骨・腓骨骨幹部開放骨折と診断
入院2日目、手術日
全身麻酔で髄内釘とプレートを入れる手術
術後1週間まで
ベッド上でリハビリ
1週間後
1/3荷重で歩行練習開始
2週間後
1/2荷重で歩行練習、松葉杖も
3週間後
退院
2/3荷重で歩行練習、片松葉杖の練習
4週間後
全荷重で歩行練習
6週間後
日常生活復帰
半年後
スポーツ復帰
その時は突然に
それは、2024年の8月30日の午前中、夏真っ盛りで気温が35℃を超える中、庭仕事をしていたときに起きました。
僕はちょうど、庭にサンシェード(5m四方くらいの屋外で影を作るための布)を掛ける準備をしていました。
庭の木の高いところに紐付けようと思い、自宅の周りを囲っている高さ60cmほどのレンガ塀に登っていました。
無事にサンシェードの紐を木に括り付け、地面に降りたときグラグラっと今まで登っていたレンガ塀のぐらつきを感じました。
「あっ、やばい!!」
と思った瞬間、自分の方に倒れてくるレンガ塀がみえます。
咄嗟の思いでそのレンガ塀を倒れまいと支えようとしますが、幅5m高さ60cmの塀は人間の想像をはるかに超える重さと力。
人の力は無力なこと、迫りくる壁に対して何の抵抗もできません。
そして、
「逃げなきゃ!!」
と思った矢先、
無情にも気づいたときには自分の右足がレンガ塀の下敷きになっていました。
自分はその場に立っているのに足は倒れたレンガ塀とコンクリートの地面の隙間にあるのです。足の骨が完全に折れて、すねで90度に折れていたのです。折れたところから中の骨が見え、血がぽたぽた流れででいました。
今では関節3つとかふざけたこと言えますが、当時はそんな場合じゃありません(笑)
これだけの傷を負ったとき、痛くて泣き叫ぶかと思いきや、「痛い」という感覚はほとんどありませんでした。
それよりも、「焦り」や「不安」で頭がいっぱいでした。
「このまま足を切断することになるのか」
「救急車に連絡しないと」
「いろんな予定あるのにこれからどうしよう」
と次から次へと山のように心配ごとが出てきました。
ただ、僕の脳裏に「走馬灯」がよぎることはなかったです(笑)
スマホがない…….
焦りの中でも最初にしなきゃいけないことはわかっていました。
「救急車を呼ばなきゃ」
しかし、まわりには誰も人はいない。
「スマホ、スマホ」
「あれ、ポケット…」
「スマホが、ない、ない…….」
そうです、家の中にスマホを置いてきたままだったのです……
このまま酷暑の中、野垂れ死ぬわけにはいきません。
「挟まった足を抜かなきゃ」
僕の右足はレンガ塀とコンクリートの地面に挟まれた足は潰されて動きません、と思いきや、足の周りにわずかなスペースがあったのです。
その日、僕は、奇跡的に、厚さ5㎝くらいある厚底のサンダルを履いていました。そのサンダルが、レンガ塀と地面の間に挟まったことでわずかに隙間ができていたのです。
「引っ張れば、足が抜ける」
足が抜けたと同時に一心不乱で家の中を目指しました。
必死の思いで自分の右足を支えながら、プランプランする足先を支えケンケンをしました。
折れた足先とは、皮と腱と筋肉でかろうじてつながっているような状態でした。
距離にして10mほどでしたが、かつてこれだけ命がけで進んだ10mはなかったでしょう。
スマホにたどり着くやいなや、119番に通報。
通信指令室「火事ですか、救急ですか」
僕「救急です!」
通信指令室「あなたのお名前と住所を教えてくださ…」
僕「名前は○○です、住所は○○県○○市……」
食い気味でどんどん早口になる僕に対し、通信指令室の方は
「落ち着いてください」
「今救急車向かっていますから」
何度も言われました。
内心「落ち着いてるわ」と思っていましたが、
相当焦っていたんでしょう。(笑)
そして、家族にも連絡をし、救急車が来るまでに少しの時間がありました。
その間に正常な判断ができない僕は、こんな恐ろしけないことまで検索していました。
「すね 折れる 切断」
調べるうちに、どんどんどんどん不安が最高潮に迫るなか、遠くから救急車の音が聞こえてきました。
救急車に安堵
救急車が間もなく到着し、救急隊の方が担架をもってやってきました。
「助かったぁ」
ほんの少しだけほっとして心に余裕が生まれました。
しかし、ここからが地獄の始まりでした。
救急隊「今からこの担架で運ぶので、ケガした方の足をもって支えてもらえますか?」
救急隊の方は、縦に真っ二つに分割できる担架で僕の身体の両側からその担架を挟み込みました。
おしりを浮かせて乗せて左足も乗せて、あとは負傷した右足だけでした。
浮かせるために足に触れた瞬間
「ああああああああああああああーーーーー!!!!!!!!」
とてつもない激痛
というのも、受傷後しばらくの時間がたったことでアドレナリンが落ち着き、痛みをダイレクトに感じるようになったのです。
しかし、何とかして担架に乗らないといけない。
そこで、ひとつひらめきました。
「バスタオルにくるんで足を動かそう」
触れるだけでも激痛ですが何とか折れた部分の足をバスタオルでくるみそっと持ち上げると、
「ああああああああああああああーーーーー!!!!!!!!」
痛くないわけありません!(笑)
ただ、何とか担架に足を乗せることに成功し、救急車に乗ることが出来ました。
振動がとにかく痛い
とにかく早く病院に向かってほしいと願う中、救急隊の方に血圧や体温、心電図を測ってもらっていました。
そして、搬送する病院が決まり、サイレンを鳴らしいよいよ出発しました。
出発したのはいいものの、足首より先が固定されていないので、道路のわずかな凹凸があるだけで、振動がダイレクトに傷口に、
泣きそうになるくらい痛かったです。(笑)
痛みに耐えて、耐えて、耐えて、
ほどなくすると病院に到着しました。
応急処置が信じられないくらい痛い!
病院についてからのお話は#2でしたいと思います。
