たかがカレーの温めだと?ーー100万年の調理の営み
今朝の朝食は2日目のカレーだった。
夫は私より早く起きて会社に出社するため、カレーを自分で温める。
ところが、温める際はIH調理器のタイマーを「1分」にセットし、
蓋をしたまま加熱して、そのままご飯にかけて食べていってしまう。
過去、カレーにするたび幾度となく、
「1分では不十分。鍋が焦げ付かないよう撹拌しながら、5分はしっかり加熱してほしい」
とお願いしてきた。
忘れてしまうのか、それとも重要性を感じていないのか。
エンジニアな夫は、料理がクリエイティブな営みであるという認識がほぼない。
調理とは作業であり、退屈で、できれば誰かにやってもらうもの。
そんな思い込みがあるように見える。
夫に、加熱調理の意義を説明し、調理の面白さをなんとか知ってほしい。
私は「よろしい。説明しよう」と立ち上がったのだった。
なぜ人間は料理をするのか
人類の祖先が直立二足歩行を始めたのは約700万年前とされる。
脳を効率よく支え、手を自由に使えるようになったことで、
人類は大きな脳を発達させていった。
しかし大きな脳を維持するには大量のエネルギーが必要だ。
そこで人類は、消化器官に過度な負担をかけずに効率よく栄養を得る方法を獲得していく。
その重要な技術の一つが「調理」だった。
数十万年から100万年以上前、人類は火を利用するようになった。
加熱された食物は柔らかくなり、細胞壁や結合組織が壊れ、
消化しやすくなる。
つまり調理とは、食べる前に食材の一部をあらかじめ分解し、
限られた時間で効率よく栄養を得るための技術だったのである。
調理とは、人類史上もっとも古い時短技術の一つだった。
見えない敵との戦い
そして調理にはもう一つの意味がある。
人類の歴史は、細菌やウイルス、寄生虫との戦いの歴史でもあった。
加熱は病原体を減らし、食中毒の危険を下げる。
塩漬け、発酵、乾燥、燻製。
世界中で発達した保存技術の多くは、
食料を安全に食べるための知恵でもあった。
だから調理とは単なる雑事ではない。
人類が長い時間をかけて積み重ねてきた、
生存のための技術の集積なのである。
そのことを、私たちはつい忘れてしまう。
たかがカレーの温め直しとはいえ、そこには重要な意味がある。
特に煮込み料理は、冷却や保存の状態によって細菌が増殖することがある。十分な再加熱は、それらを減らし、安全に食べるための大切な工程だ。
鍋の中で起きていることは、単なる「温め」ではない。
人類が何十万年も続けてきた、見えない敵との戦いなのである。
