柔らかな風を感じて#61 『着くまで22分』
─だいたい、そんなものかと─
その日も暑くて、暑くて。
ケーキに付いていた保冷剤を凍らせて、
握りながら急いだ駅までの道。
冷えた電車から見る入道雲は、
あの日の雲のようだった。
どうしたって、ブルーハワイソーダ。
他に言いようがない。
つい先の海は
美味しい飲み物の色を見せて誘ってくる。
海は泳げる人しか入れないなんて、
言われたっけ。
逃げ水が立つ真っ直ぐな北海道の道。
めずらしい家族キャンプに
浮かれていたのかもしれない。
滑るように走る白いTOYOTAのセダン。
まだシートベルトの着用義務がなかった頃。
助手席に座ったり、
足元にしゃがんでみたり。
ラジオからはサザンの
勝手にシンドバットが何度も流れて。
「いま、何時?」と聞こえる度に、
オヤジ~と声を揃えて妹と笑っていた。
どういうルートだったのか、
覚えているのは海ばかり。
父が職場で借りた
三角の大きいテントは褪せた黄色。
建築用の断熱材を床に敷きつめれば、
床が安定するんだと。
偶然見付けた美しい岩場では、
スニーカーを脱がないことと言われて磯遊び。
親は今夜のおかずを釣ろうと躍起で。
見たことのないイソギンチャクや、
棒でつつく岩の割れ目の貝。
潮溜まりの魚にはビックリしたりした。
それでも、
だんだん時間を持て余してきて。
海に突き出た岩場をフラフラしていたら
見付けてしまった。
ブルーハワイソーダみたいな海の色。
そんなことってあるって、
驚くような青で。
そこだけ底の砂が見えていたから。
もう、どうしようもなく海に入るしかなかった。
入ってから気付いたのは、
泳げないと、ただ沈んで行くこと。
だけど、ちっとも怖くなくて。
不意に足に触れた砂。
ここが海の底なのかと思った瞬間、
見上げた海面は濃紺で、
太陽の丸くて白い影が見えるばかり。
白い影はゆらゆら揺れて。
自分の髪も合わせて揺れて。
頭の中で響く和音みたいな音が、
いい気持ちだと思っていたら。
ゆらゆらを破って、急に誰かの足首が。
入れては引っ込めて、
また、入れて。
よく見れば母の足だった。
磯遊びをするなら、
靴を履かないと岩で切ってしまうよって
父に注意されたのに素足なんて。
危ないよって、早く教えなくちゃ。
底を蹴って、崩れる岩に手をかけて。
鋭い貝の口では膝を擦って。
沈むのは楽なのに、
どうして戻るのは苦しいんだろう。
やっと手が出た水面は、
ただ、ただ、眩しくて。
吐き出す苦い海の水と咳。
耳には騒がしい音が痛い。
なんで素足になったの、と聞けば。
髪が濡れるの嫌だったし、
サンダルは買ったばかりだし。
海の底で上向いていたでしょうと。
足でも引っ張れるかなって、
だいたい、そんな感じ。
なんかあったの?
ギギィー、ガックン。
急に掛かった電車のブレーキ。
体が持っていかれて。
その割にのんびり聞こえたアナウンス。
「だいたいの電車をご案内いたします」
また、だいたい?
そうだった、
あの時も、思っていた。
その次のアナウンスは、別の声で。
特急電車が鹿と衝突した為、
代替の電車のご案内をいたします。
到着まで、もう少々お待ちください。
─── あ。
