ぼくらが旅に出た理由
帰りの特急電車の中。
窓側の席で、にゃんこ大戦争をけだるそうにやっている息子に目を向けながら、
ぼくらが旅に出た理由
について思いを巡らしていた。
もちろんこれは、一泊二日のただの家族旅行にすぎない。
観光地を巡って、地元の美味しいものを食べて、温泉に入って、宿に泊まる。いつものお約束のやつだ。
二日目も、僕たちは、予約していた電車を駅で一時間以上待つという、家族旅行あるあるの渦中にいた。
そのとき、妻から、
「ふたりで温泉でも入ってきたら?」
と言われた。
僕はややためらった。
実は足の発疹の状態がひどくて、どうしても人の目が気になってしまうのだ。
でも、息子が目で訴えてきたので、覚悟を決めた。
駅に隣接した、いわゆるエンタメ系のその温泉は、昨日入った旅館の素朴な温泉とはまさに対極で、いろんな種類の温泉があり、人も大勢いた。
僕は足をなるべく見られないように中腰になって、その人波の中を足早にすり抜けた。
お湯に入ってから別の温泉に移動するときも、なるべくお湯の中を歩くようにした。
「なんとかジェット風呂、シルク風呂など、屋内の温泉はコンプリートしたぞ」
そうホッとしたのも束の間、
「こっちも行ってみようよ」
という無邪気な声が聞こえてきた。
とっさに断る理由が思いつかなかった僕は、勇気を出して、彼と一緒に露天風呂のある屋外へと出る。
夕方とはいえ、まだ空は明るく、そして、たくさんの人がいた。
僕の中腰は、ほとんど低腰といっていいくらい低くなり、まるで江戸のからくり人形みたいに一目散にいちばん近くの風呂へ直進し、ぽとりと落ちた。
その湯船に浸かってから数分後、僕は奥にある岩風呂を指差しながら、息子に、
「お父さんはもうここだけでいいから、あっちも行ってみな」
と促した。
彼は素直に僕の言葉に従い、その岩風呂にひとりで入りに行った。
しばらくして、一緒に湯から上がり、歩いていたとき、息子が突然、
「お父さんって血糖値高い方?」
と聞いてきた。
「え、なんで?」
「あの岩風呂って特別な成分が出ていて、糖尿病に効くんだって。だから、前に血糖値気にしてたお父さんも入ったらいいと思ったんだけど」
「ありがとう。でも、今日は時間がないから、また今度ね」
そんななんてことのない会話だけど、このとき、僕は自分が忘れかけていた、でも、忘れてはいけないとても大事なことを思い出した。
それは、
息子がめちゃくちゃ人に優しくて、いいやつだ
ということだ。
最近、忘れていたのは、思春期になった彼の発言に、そう言いたい気持ちは分かるけれど、正直、聴いていてしんどい、と思うものが増えたからだった。
確かに、彼が言う通り、自分勝手でひどい振る舞いをする人間は多い。
でも、彼らと一緒に生きていかないといけないのが、この現実でもある。
しかも、本音を言えば、お父さん自身も彼らとそんなに大差ないと思っている。
だから、彼の発言に100%賛同はできないし、どこかで、これからいろんな経験を積んで、清濁合わせ飲める人に育ってほしいと願っている自分がいる。
でも、これらの彼の発言の根っこには、間違いなく、
彼の優しい心がある。
耳が痛く、しんどい彼の他者批判は、実は、
そんな彼の必死な叫び声なんだ
という大切な事実に気がついた。
かと言って、具体的に何ができるわけじゃないけど。
ふっと窓に目をやると、外はすっかり夜で、見慣れた住宅街の窓の灯が星のように輝いていた。
「まるで銀河鉄道みたいだね」
心の中で小さな背中に語りかける。
「もうすぐ◯◯駅に到着します」
車掌からのアナウンスが響き、僕らはあわてて自分たちの荷物をまとめた。

