光れ!言葉よ
我ながら、これまで無責任にずいぶんとくだらない言葉を垂れ流してきたものだ。
それはリアルでもこのnoteでも。
ああ、今更だけど、心が痛むぜ。
そして、それは結局、僕が言葉の力をどこかで軽視していたせいなのだろう。
でも、一方で言葉は時に人を殺し、時に人を生かすのは
どうやら疑いようのない真実のようだ。
だから、これからの僕は、もっと言葉にすること、しないことを意識しながら、発信するように努めていきたい。
そして、それは本当は僕らが思うよりもずっと簡単なことかもしれない。
例えば、毎日、出会ったりお世話になっている人たちに向かって放つ
おはよう
いってらっしゃい
こんにちは
お先に失礼します
ごちそうさまでした
ありがとう
大好きだよ
といったありきたりな言葉たちは、間違いなく人を生かす言葉だから、恥ずかしがらずに、もっとたくさんもっと大きな声で言っていきたい。
逆に、時々、どうしても出くわしてしまう理不尽な出来事や僕を否定する言葉たちは、確かに僕の心を殺すけれど、それを決してなかったことにしたり、軽く扱ったりせずに、傷ついて泣きそうな自分に向かって、
「辛かったね、悲しかったね、でも、怒らずによく耐えたね」
ってちゃんと一言かけさえすれば、また心が生き返って、もう八つ当たりで、気づいたら僕自身が誰かを、そして、何よりも自分自身を殺す言葉を吐かなくてすむはずなんだ。
そして、ふと僕がそんなことを思ったのは、まさしく
言葉の力
を目の当たりにする出来事に遭遇したからだった。
その日、僕は、僕が大好きだった、でも、10年以上も前に亡くなった、あるミュージシャンを偲ぶライブイベントの会場にいた。
出演者はみな、彼の生前に仲の良かったミュージシャンばかりだったけど、そのうちの一人がとにかくよく喋る、喋る(笑)
そして、それは間違いなくこの会場にいる全ての人たちの心の中にある言葉でもあったから、それをこんな風にダサいくらいしっかりと口にしてくれた彼のことがたまらなく愛おしくなった。
「○○さんをこうやってみんなで思い出すことは、確かに○○さんが今も生きていることだよね」
「人間の細胞は日々生まれ変わっていて、子供の頃の細胞なんてこれっぽちも残ってなくて、そんな僕らはいわば砂上の楼閣みたいに儚い存在かもしれないけど、それでも形がないものはあるし、受け継がれるものはあるよね」
「俺はみんなのこと、仲間だって思っているよ。みんなありがとう」
本当にアーティストのくせに何の捻りもない、なんてダサい言葉ばかりなんだ。
ダサすぎて、聞いている間、ずっと涙が止まらなかったじゃないか。
そんな彼は、下北沢シェルターでの記念すべき初ワンマンライブの後、突然、拉致られて以来の付き合いだった○○さんから唯一、褒められた曲を披露してくれた。
「いや本当に嬉しくてね。いまだに家族でたまにカラオケで歌ってます。」
歌う前にそうはにかみながら話す彼の笑顔がまさしく○○さんのあの優しくて柔らかい笑顔そのものだったから、ああ、確かに彼はまだ生きているんだなって思えた。
そして、間違いなく僕の心の中にも彼はちゃんと生き続けているということも。
そう、言葉の力をずっと信じ続けていたあの彼が、ね。
