そして僕は、やさしいふりをする。
これだけ長いこと人間をやっていると、自分でも思いがけないことをたまに言われることがある。
例えば、
「やさしい人ですね」
などは、その筆頭かもしれない。
言われるたびに、僕は後ろを振り返っている。それくらい自分には不相応な言葉である。
確かに僕は、一見、やさしげで人畜無害な人間である。でも、自分がやさしい人じゃないのは自分がいちばんよく知っている。
ただ、やさしい人って思われたいだけの人間なのだ。
その方が嫌なヤツと思われるより気持ちいいからね。
一方で、この世界には、他人に平気で酷いことをしたり、言ったりする人たちもいる。
でも、両者の違いは、生活や気持ちに余裕があるかないかだけで、その余裕がなくなったとたんに、僕は平気で人を傷つけたり、見放したりするだろう。いや、してきた。
そんなやさしくない僕だからこそ、できるだけやさしげではなく、やさしいふりをしたいと思っている。
やさしげとやさしいふりは、似ているようで全然違うからだ。
要するに、僕はもう誰もがっかりさせたくないのだ。
「えっー!やさしいと思ってたのに」
その言葉をつぶやいた時の、つまり、ギャップ萎えの気持ちを、僕は痛いほど知っている。
だから、今日も、できるだけやさしいふりをし続けよう、という誓いを立てながら、目を覚ます。
これまで受けたやさしさの記憶にまどろみながら。
たとえば、椎名林檎の大ファンだった僕のために、仕事帰りに京急品川駅のホームに貼られた「本能」の特大ポスターを、友達と二人で奪い去った美しき強奪犯がくれたやさしさとか。
そんな僕の頭にふと、ある映像が浮かんできた。
それは、たくさんの人たちが、とても大きくてふわふわした白いボールみたいなものをトスし合っている映像だった。
やさしさとは、その白くてふわふわしたボールみたいなものかもしれない。
と、
僕は思った。
